仮名手本忠臣蔵

竹田出雲・三好松洛・並木千柳の合作
寛延元年(1748年)8月、大阪竹本座初演


大序
鶴が岡兜改めの段
恋歌の段
二段目
桃井館本蔵松切の段
三段目
下馬先進物の段
 
腰元おかる文使いの段
殿中刃傷の段
裏門の段
四段目
花籠の段
塩谷判官切腹の段
城明渡しの段
五段目
山崎街道出合いの段
二つ玉の段
六段目
身売りの段
早野勘平腹切の段
七段目
祇園一力茶屋の段
八段目
道行旅路の嫁入
九段目
雪転しの段
山科閑居の段
十段目
天河屋の段
十一段目
花水橋引揚の段
大詰
光明寺焼香の段


鶴が岡兜改めの段

 嘉肴(かこう)ありといへども食せざればその味を知らずとは。国治まつてよき武士の忠も武勇も隠るゝに、たとへば星の昼見えず夜は乱れて現はるゝ、ためしをこゝに仮名書の太平の代の政。頃は暦応元年二月下旬。足利将軍尊氏公。新田義貞を討ち亡し、京都に御所を構へ、徳風四方にあまねく、万民草の如くにて靡き従ふ御威勢。国に羽をのす鶴が岡八幡宮御造営成就し、御代参として御舎弟足利左兵衛督直義公(あしかがさひょうえのかみただよしこう)鎌倉に下着なりければ、在鎌倉の執事高武蔵守師直(こうのむさしのかみもろのう)御膝元に人を見下す権柄眼。御馳走の役人は桃井播磨守が弟、若狭助(わかさのすけ)伯州の城主塩谷判官高定(えんやはんがんたかさだ)。馬場先に幕打廻し、威儀を正して相詰むる。直義公仰せ出ださるゝは「いかに師直。この唐櫃に入れおきしは、兄尊氏に亡されし新田義貞、後醍醐の天皇より賜つて着せし兜。敵ながらも義貞は清和源氏の嫡流、着棄の兜といひながらそのまゝにもうちおかれず。当社の御蔵に納める条、その心得あるべしとの厳命なり」とのたまへば 武蔵守承り「これは思ひもよらざる御事。新田が清和の末なりとて、着せし兜を尊敬せば、御旗下の大小名清和源氏はいくらもある。奉納の儀然るべからず候」と遠慮なく言上す。「イヤさやうにては候まじ。この若狭助が存ずるは、これはまつたく尊氏公の御計略。新田に徒党の討ちもらされ、御仁徳を感心し、攻めずして降参さする御方便と存じ奉れば、無用との御評議卒爾なり」といはせも果てず「ヤア師直に向つて卒爾とは出過ぎたり。義貞討死したる時は大わらは。死骸のそばに落ち散つたる兜の数は四十七。どれがどうとも見知らぬ兜。さうであらうと思ふのを奉納したその後で、さうでなければ大きな恥。なま若輩な形をしてお尋ねもなき評議すつこんでおゐやれ」と御前よきまゝ出るまゝに杭とも思はぬ詞の大槌。打ち込まれてせき立つ色目。塩谷引取つて「コハごもつともなる御評議ながら、桃井殿の申さるる治まる代の軍法。これ以て捨てられず、双方まつたき直義公の御賢慮仰ぎ奉る」と申し上ぐれば、御機嫌あり。「ホヽさいはんと思ひし故、所存あつて塩谷が婦妻を召し連れよと言付けし。これへ招け」とありければ、『はつ』と答への程もなく、馬場の白砂、素足にて裾で庭掃く裲襠(うちかけ)は、神の御前の玉箒。玉も欺く薄化粧。塩谷が妻の顔世御前は、はるか下つて畏る。女好きの師直、そのまま声かけ「塩谷殿の御内室顔世殿。最前よりさぞ待遠。御大儀御大儀。御前のお召し。近う/\」と取持ち顔。直義御覧じ「召出すこと外ならず。往時(いんじ)元弘の乱れに後醍醐帝都にて召されし兜を、義貞に賜つたれば、最期の時に着つらんこと疑ひはなけれども、その兜を誰れあつて見知る人ほかになし。そのころは塩谷が妻、十二の内侍のその内にて、兵庫司の女官なりと聞き及ぶ。さぞ見知りあらんず。覚えあらば兜の木阿弥、目利き/\」と女には、厳命さへも和らかに、お受け申すもまたなよやか。「冥加にあまり君の仰せ。それこそは私が明け暮れ手馴れし御着の兜。義貞殿拝領にて、蘭奢待(らんじゃたい)といふ名香を添へて賜はる。御取次はすなわち顔世。そのときの勅答には、人は一代名は末代、すは討死せん時、その蘭奢待を思ふまま、内兜にたきしめ着るならば、鬢の髪に香を留めて、名香かほる首取りしといふ者あらば、義貞が最期と思召されよとの詞はよもや違ふまじ」と申し上げたる口もとに、下心ある師直は、小鼻いからし聞きゐたる。直義詳しく聞し召し「ホヽウ審(つまびら)かなる顔世が返答。さあらんと思ひし故、落ち散つたる兜四十七、この唐櫃に入れ置いたり。見分けせよ」と御諚意の、下侍、屈むる腰の海老錠を、あける間遅しと取り出すを、おめず臆せず立寄つて、見れば所も名にし負ふ、鎌倉山の星兜。とつぱい頭、獅子頭、さて指物は家々の流儀/\によるぞかし。あるひは直平(ちょっぺい)筋兜、錣のなきは弓のため、その主々の好みとて、数々多きその中にも、五枚兜の竜頭これぞと言はぬその内に、ぱつと香りし名香は「顔世が馴れし義貞の兜にてござ候」とさし出せば、「さやうならめ」と一決し「塩谷、桃井両人は、宝蔵に納むべし。こなたへ来たれ」と御座を立ち、顔世にお暇給はりて段かづらを過ぎ給へば、塩谷、桃井両人も打連れ



恋歌の段

てこそ入りにける。あとに顔世はつぎほなく「師直さまは今しばし、御苦労ながらお役目をお仕舞あつて、お静かに。お暇の出たこの顔世、長居はおそれ、さらば」と立上る袖、すり寄つてじつと控へ「コレマアお待ち待ち給へ。けふの御用仕舞次第そこもとへ推参してお目にかけるものがある。幸ひのよいところ召し出された。直義公はわがための結ぶの神。ご存じの如く我れら歌道に心を寄せ、吉田の兼好を師範と頼み日々の状通。そのもとへ届けくれよと問合せのこの書状、いかにもとのお返事は、口上でも苦しうない」と袂から袂へ入るる結び文。顔に似合はぬ『様参る武蔵鐙(あぶみ)』と書いたるを、見るよりはつと思へども『はしたなう恥ぢしめてはかへつて夫の名の出ること。持ち帰って夫に見せうか。いや/\それでは塩谷殿、憎しと思ふ心から怪我過ちにもならうか』と、ものを言はず投げ返す。人に、見せじと手に取上げ「戻すさへ手に触れたりと思ふにぞ、わが文ながら捨ても置かれず。くどうは言はぬ。よい返事聞くまでは口説いて/\、口説きぬく。天下を立てうと伏せうともままな師直。塩谷を生けうと殺さうとも、顔世の心たつた一つ。なんとさうではあるまいか」と、聞くに顔世が返答も、涙ぐみたるばかりなり。折から来合はす若狭助。例の非道と見て取る気転。「顔世殿、まだ退出されぬか。お暇の出て暇取るは、かへつて上への畏れ。はやお帰り」と追つ立つれば、『彼奴(きゃつ)さては気取りし』と、弱味を食はぬ高師直。身が立たす。このたびの役目、首尾よう勤めさせくれよと、塩谷が内証顔世の頼み、さうなくては叶わぬ筈。大名でさへあの通り。小心者に捨知行、誰が蔭で取らする。師直が口一つで御器提げうも知れぬ危い身代。それでも武士と思ふぢやまで」と邪魔の返報憎て口。くわつとせきたつ若狭助、刀の鯉口砕くるほど握り、詰めは詰めたれども『神前なり、御前なり』と一旦の堪忍も、いま一言が生死の、詞の先手「還御ぞ」と、御先を払ふ声々に、せんかたなくも期を延ばす、無念は胸に忘られず。悪事さかつて運強く切られぬ高師直を、明日はわが身の敵とも知らぬ塩谷が後押さへ。直義公は悠々と歩御(ほぎょ)なり給ふ御威勢。人の兜の竜頭。御蔵に入るる数々も、四十七字のいろは分け、仮名の兜を和らげて、兜頭巾の綻びぬ国の、掟ぞ



桃井館本蔵松切の段

繕ひ立帰る。本蔵一間より立ちかはり「ハア、殿これに御入り。いよ/\明朝は正七つ時に御登城、御苦労千万。今宵も最早九つ、暫く御まどろみ遊ばされよ」「成程/\、イヤナニ本蔵、其方にちと用事あり、密々の事、近う/\」「ハヽ。常ならぬご様子、何かは知らず、委細具(つぶさ)に御仰せ下さるべし」と差寄ればにじり寄り、「イヤナニ本蔵今この若狭助が言ひ出す一言、なにによらず畏り奉ると、二言と返さぬ誓言聞かう」「ハアこれは改つた御詞。畏り入り奉るではござれども、武士の誓言は」「ならぬといふのか」「アイヤさにあらず。先づ委細とつくと承り」「仔細を言はせ後で意見か」「イヤそれは」「詞を背くか」「サア」「サア」「サア」「ササなんと」「ハヽ」ハツとばかりに差しうつむきしばらく、詞なかりしが、胸を極めて差添抜き、片手に刀抜出し、てう/\と金打し、「本蔵が心底かくの通り、止めも致さず他言もせぬ。先ず思召しの一通り、おせきなされずと、この本蔵めが胃の腑に、落付くやうにとつくりと承らん」と相述ぶる。「ムヽ一通り語つて聞かせん。この度管領(かんれい)足利左兵衛督直義公、鶴が岡造営故、この鎌倉へ御下向、御馳走の役は塩谷判官、某両人承るところに尊氏将軍よりの仰せにて、高師直を御添人、万事彼が下知に任せ御馳走申上げよ。年配といひ諸事物馴れたる侍と、御意に従ひ勝つに乗つて日頃の我儘十倍増し、都の諸武士並居る中、若年の某を見込み雑言過言二つにと思へども、お上の仰せを憚り、堪忍の胸を押へしは幾度。明日は最早料簡ならず、御前にて恥面かかせる武士の意地。その上にて討つて捨つる。必ず留めるな。日頃某を短慮なりと、奥を始めその方が意見、幾度か胸にとつくと合点なれども。無念重る武士の性根。家の断絶奥が歎き、思はんにてはなけれども、サ刀の役目弓矢神への恐れ。戦場にて討死はせずとも、師直一人討つて捨つれば天下のため、家の恥辱には代へられぬ。必ず/\短気故に身を果す若狭助。猪武者よ狼狽者と、世の人口を思ふ故、汝にとつくと打明かす」と、思込んだる無念の五臓を貫く思ひなる。横手を打つて、「したり/\、ムヽよう訳をおつしやつた。よう御了簡なされた。この本蔵なら今迄了簡はならぬところ」「ヤイ本蔵ナヽなんといつた。今迄はよう了簡した堪忍したとは、わりやこの若狭助をさみするか」「ハヽこれはお詞とも覚えず。冬は日蔭夏は日面、よけて通れば門中にて、行違ひの喧嘩口論ないと申すは町人の譬、武士の家では杓子定規。よけて通せば方図がないと申すのが本蔵めが誤りか。御詞さみ致さぬ心底、御覧に入れん。サア殿、まつこの通りにさつぱりと遊ばせ/\」「オヽ言ふにや及ぶ」「アヽコレ人や聞く」とあたりに気をつけ、「今夜はまだ九つぐつたりと一休み。枕時計の目覚し本蔵めが仕掛け置く。サヽ早く/\」「オヽ聞き入れあつて満足せり。奥にも逢うて余所ながらの暇乞ひ。本蔵/\面を上げい」「ハヽア」「モウ逢はぬぞよ、さらば」さらばといひ捨てて、奥の一間に入給ふ武士の、意気地は是非もなし。御後影見送り/\、勝手口へ走り出で「本蔵が家来ども、馬引け、早く」といふ間もなく、股立しやんとりりしげに御庭に引出せば、縁よりひらりと打乗て「師直の館まで、続けや続け」と乗出す。轡にすがつて戸無瀬、小浪「コレ/\どこへ、始終の様子は聞きました。年にこそよれ本蔵殿、主人に御意見も申さず合点のゆかぬ、留めます」と母と娘がぶら/\/\、轡に縋り留むれば「ヤア小差出た、主人のお命、お家のため思ふ故にこの時宜、必ず此事殿へ御沙汰いたすな、お耳へ入つたら娘は勘当、戸無瀬は夫婦の縁を切る、家来ども、道にて諸事を言付けん、そこ退け両人」「イヤ/\/\」「シヤ面倒な」と鐙の端、一と当てはつしと当てられて『うん』とばかりにのつけに反るを見向きもせず「家来、続け」と馬煙、追立て打立て力足、踏立ててこそ



下馬先進物の段

かけり行く。足利左兵衛督直義公、関八州の管領と新たに建てし御殿の結構。大名小名美麗を飾る晴れ装束。鎌倉山の星月夜と袖を列ぬる御馳走に、お能役者は裏窓口、面御門はお客人御饗応の役人衆、正七つ時の御登城武家の、威光ぞ輝きける。西の御門の見附の方『ハイ/\/\』といかめしく提燈照らし入り来るは、武蔵守高師直。権威をあらはす鼻高々、花色模様の大紋に、胸に我慢の立烏帽子。家来どもを役所/\に残し置き、しもべ僅かに先を払はせ、主の威光の召しおろし、鶴の真似する鷺坂伴内、肩ひぢいからし「もしお旦那。今日の御前表も上首尾/\。塩谷で候の、イヤ桃井での候のと、日頃はどつぱさつぱとどめしけど、行儀作法は狗(えのころ)を、屋根へあげたやうで、さりとは/\腹の皮。イヤそれにつき兼々塩谷が妻顔世御前、未だ殿へ御返事いたさぬ由。お気にはさへられな、/\。器量はよけれど気が叶はぬ。なんの塩谷づれと、当時出頭の師直様と」「ヤイ/\声高に口きくな。主ある顔世、たびたび歌の師範に事寄せ、口説けども今に叶へぬ。すなわちかれが召使、かるといふ腰元新参と聞く。きやつをこまづけ頼んで見ん。さてまだ取得がある。顔世が誠にいやならば、夫塩谷に仔細をぐわらりと打明ける、所を言はぬは楽しみ」と、四つ足門の片蔭に主従うなづき話あふ。折もあれ、見付に控へし侍あはただしく走り出で「われわれ見付のお腰掛に控へし所へ、桃井若狭助家来加古川本蔵、師直様へ直きにお目にかからんため、早馬にてお屋敷へ参ったれどもはや御登城、ぜひ御意得奉らんと、家来も大勢召し連れたる体、いかが計らひ申さんや」と聞くより伴内騒ぎ出し、「今日御用のある師直様へ、直きに対面とは推参なり。それがし直談」と走りゆくを、「待て/\伴内、仔細は知れた。一昨日鶴が岡にての意趣ばらし、我が手を出さず本蔵めに言ひ付け、この師直が威光の鼻をひしがんため。ハヽヽ伴内ぬかるな。七つにはまだ間もあらん。これへ呼び出せ。仕廻うてくれん」「なるほど/\、家来どもソレ気を配れ」と、主従刀の目釘をしめし、手ぐすね引いて待ちかけゐる。詞に従ひ加古川本蔵。衣紋繕ひ悠々と打通り、しもべに持たせし進物ども、師直が目通りに並べさせ、遥かさがつて蹲り「ハアはばかりながら師直様へ申し上げ奉る。このたび主人若狭助、尊氏将軍より御大役仰せつけられ下さる段、武士の面目、身に余る仕合せ。若輩の若狭助、なんの作法も覚束なく、いかがあらんと存ずるところに、師直様万事御師範を遊ばされ、諸事を御引廻し下され候ゆゑ、首尾よく御用勤むるも全く主人が手柄にあらず、みな師直様の御執成(おんとりなし)と、主人を始め奥方一家中、われわれまでも大慶この上や候べき。さるによつて近ごろ些少の至りに候へども、右御礼のため一家中よりの贈り物、お受け遊ばされ下さらば、生前の面目ひとしほ、願ひ奉る。すなはち目録御取次」と伴内にさし出せば、「エヘヽヽヽ、目録。一つ巻物三十本、黄金三十枚若狭助奥方。一つ黄金二十枚家老加古川本蔵。同十枚番頭、同十枚侍中。右の通り」と読み上ぐれば、師直は開いた口ふさがれもせずうつとりと、主従顔を見合せて、気抜けのやうにきよろりつと、祭の延びた六月の晦日見るが如くにて、手持無沙汰に見えにける。にはかに詞改めて「これは/\、/\痛み入つたる仕合せ。伴内こりやどうしたもの、ハテさてお辞儀申さばお志そむくと言ひ、第一は大きな無礼。イヤハヤ本蔵殿、なんの師範いたすほどの事もないが、とかくマア若狭助は器用者。師範の拙者及ばぬ及ばぬ。コリヤ伴内、進物どもみな取納め。エエ不行儀な、途中でお茶さへ御進ぜぬ」と、手の裏返す挨拶に本蔵が胸算用。『してやつたり』と猶も手をつき「もはや七つの刻限、はやお暇。ことに今日はなほ晴れのお座敷。いよ/\主人儀引廻し頼み存ずる」と立たんとするを押止め、「ハテえいわいの。貴殿も今日のお屋敷の座並、拝見なされぬか」「イヤ陪臣(またもの)のそれがし、御前の畏れ」「大事ない/\。この師直が同道するに、誰がぐつとも言ふ者ない。ことにまた若狭助も、なんぞれかぞれ小用のあるもの。平に平に」と勧められ「しからば御供仕らん。御意を背くはかへつて無礼。先づお先へ」と後につき、金で面はる算用に、主人の命も買うて取る、二一天作そろばんの、桁を違えぬ白鼠。忠義忠臣忠孝の、道は一筋まつすぐに打ちつれ



腰元おかる文使いの段

 御門に入りにける ほどもあらさず入り来るは塩谷判官高定。これも家来を残し置き、乗物道に立てさせ、譜代の侍早野勘平、朽葉小紋のさら袴ざわ/\ざわつく御門前。「塩谷判官高定登城なり」とおとなひける。門番まかり出で「さきほど桃井様御登城遊ばされ御尋ね。只今また師直様御越しにて御尋ね。はや御入り」と相述ぶる。「ナニ勘平。もはや皆々御入りとや。遅なはりし、残念」と勘平一人御供にて御前へこそは急ぎ行く。奥の御殿は御馳走の、地謡の声播磨潟 √高砂の浦に着きにけり/\」謡ふ声々門外へ、風が持て来る柳蔭。その柳より風俗は、負けぬ所定の十八九、松の緑の細眉も、堅い屋敷に物馴れし、奇特帽子の後帯。供の奴が提灯は、塩谷が家の紋所。御門前に立休らひ「コレ奴殿。やがてもう夜も明ける。こなた衆は門内へは叶わはぬ。こゝから去んで休んでや」と、詞に従ひ「ナイ/\」と、供の下部は帰りける。内を覗いて「勘平殿はなにしてぞ。どうぞ逢ひたい用がある」と、見廻す折から、後影、ちらと見付け「おかるぢやないか」「勘平様逢ひたかつたに、ようこそ/\」「ムヽ合点のゆかぬ夜中といひ、供をも連れず只一人」「さいなア、こゝまで送りし供の奴は先へ帰した、私一人残りしは、奥様からのお使ひ。どうぞ勘平に逢うてこの文箱。判官様のお手に渡し、御慮外ながらこの返歌を御前のお手から直ぐに師直様へ、お渡しなされ下さりませと伝へよ。しかしお取込の中、間違ふまいものでなし。マア今宵はよしにせうとのお詞。わたしはお前に逢ひたい望み、なんのこの歌の一首や二首。お届けなさるゝほどの間のないことはあるまいと、つい一走りに走って来た、アヽしんどや」と吐息つく。「しからばこの文箱。旦那の手から師直様に渡せばよいぢやまで。どりや渡して来う待つてゐい」という中に門内より「勘平/\/\判官様が召しまする。勘平/\」「ハイ/\/\只今それへ。エヽ忙しない」と袖振切つて行く後へ、どぜう踏む足付き鷺坂伴内「おかぼう/\、コレおかぼう。ハヽヽヽヽなんとおかる。恋の知恵はまた格別。勘平めとせゝくつてゐるところを、勘平/\旦那がお召しと呼んだはきついか/\きついか。ハヽヽヽヽ師直様がそもじに頼みたいことがあると仰しやる。我らはそさまにたつた一度。君よ/\」と抱付くを、突飛ばし「コレ猥らなことを遊ばすな。式作法のお家にいながら狼藉千万。あた不作法なあた不行儀」と、突退くれば「それはつれない。暗がり紛れについちよこ/\」と、手を取り争ふその中に「伴内様/\。師直様の急御用。伴内様/\」と、奴二人がうろうろ目玉で「これはしたり伴内様。最前から師直様が御尋ね、式作法のお家にゐながら、女を捕へあた不行儀な、あた不作法」と、下部が口々。「エヽ同じやうになにぬかす」と、面ふくらして連立ち行く。勘平後へ入替り「なんと今の働き見たか。伴内めが一杯喰うて失せをつた。俺が来て旦那が呼ばしやると言ふと、おけ古いとぬかすが面倒さに奴共に酒飲ませ、古いと言はさぬこの方便。まんまと首尾は仕おほせた」「サアその首尾ついでにな、ちよつと/\」と手を取れば「ハテ扨はづんだマア待ちやいの」「なに言はんすやら、なんの待つことがあろぞいなア。もうやがて夜が明けるわいな。是非に/\」是非なくも、下地は好きなり御意は善し「それでもこゝは人出入り」奥は謡の声高砂√松根に倚つて腰をすれば「アノ謡で思ひ付いた。イザ腰掛けで」と手を引合ひ、打ちつれてこそ



殿中刃傷の段

連れて行く 脇能過ぎて御楽屋に鼓の調べ太鼓の音。天下泰平繁昌の寿祝ふ直義公、御機嫌なゝめならざりける。若狭助はかねて待つ師直遅しと御殿の内、奥をうかがう長袴の紐しめくゝり気配りし、『おのれ師直、真二つ』と刀の鯉口息をつめ、待つとも知らぬ師直主従。遠見に見付け「これは/\若狭助殿。てさてお早い御登城。イヤハヤ我折りました。我れら閉口々々。いや閉口ついでに貴殿に言訳いたし、お詫び申すことがある」両腰ぐわらりと投げ出し「若狭助殿。改めて申さねばならぬ一通り。いつぞや鶴が岡で拙者が申した過言、サヽお腹が立つたであろう。もつともぢや/\、そこをお詫び。その時はどうやらした詞の違ひでつい申した。我れら一生の粗忽。武士がコレ手をさげる。真平/\。仮令そのもとが物馴れたお人なりやこそ、外ほかの狼狽者で見さつしやれ。この師直真二つ。こわやの/\。ありやうがこの節貴殿のうしろげ手を合わして拝みました。アハヽヽ。アヽ年寄るとやくたい/\。年に免じて御免々々。これさ/\武士が刀を投げ出し手を合はす。これほどに申すのを聞き入れぬ貴公でもないわさ。とかく幾重にも誤り/\。珍才ともどもにお詫び/\」と金が言はする追従とは夢にも知らぬ若狭助。力みし腕も拍子抜け。いまさら抜くに抜かれもせず。寝刃合はせし刀の手前、さしうつむきし思案顔。小柴の蔭には本蔵が瞬きもせず守り居る。「ナニ珍才、この塩谷はなぜ遅い。若狭助殿とはきつい違ひ。扨々不行儀者。いまにおいて面出しせぬ。主が主なれば家老で候とて諸事に細心(まごころ)のつく奴が一人もない。いざ/\若狭殿、御前へお供いたそ。サアお立ちなされ/\。いやさこれ師直めあやまつてをるぞ。コリヤこヽな粋め/\粋様め」「イヤ若狭助最前からちと心悪うござる。マア先へ」「何とした/\。腹痛か。コレサ珍才、お背中/\。お薬進ぜうかな」「イヤ/\それほどにもござらぬ」「然らば少しの内おくつろぎ。御前の首尾は我れらがよいやうに申し上ぐる。ソレ珍才一間へ御供申せ」と主従寄つてお手車に、迷惑ながら若狭助『これは』と思へど、是非なくも奥の一間へ入りければ「アヽもう楽ぢや」と本蔵は天を拝し、お次の間にぞ控へ居る。ほどもあらさず塩谷判官。御前へ通る長廊下。師直呼びかけ「遅し/\。なんと心得てござる。今日は正七ツ時と先刻から申し渡したでないか」「なるほど遅なりしは不調法。さりながら御前へ出るはまだ間もあらん」と袂より文箱取り出し「最前手前の家来が貴公へお渡し申しくれよ、すなはち奥顔世方より参りし」と渡せば、受取り「成程々々。イヤそこもとの御内方は扨々心がけがごさるわ。手前が和歌の道に心を寄するを聞き、添削を頼むとある。定めてそのことならん」と押しひらき「さなきだに重きが上のさよ衣、わがつまならぬつまな重ねそ/\。フンハアこれは新古今の歌。この古歌に添削とはムヽヽヽ」と思案の中『わが恋のかなはぬしるし。さては夫に打ち明けし』と思ふ怒りをさあらぬ顔「判官殿。この歌ご覧じたでござらう」「イヤたヾいま見ました」「ムヽ手前が読むのを、アヽ貴殿の奥方はきつい貞女でござる。ちよつと遣はさるゝ歌がこれぢや。つまならぬつまな重ねそ。アヽ貞女々々。そこもとはあやかり者。登城も遅なはる筈のこと。家にばかりへばりついてござるによつて、御前の方はお構ひないぢや」とあてこする雑言過言。あちらの喧嘩の門違ひとは判官さらに合点ゆかず、むつとせしが「ハヽヽヽヽこれは/\師直殿には御酒機嫌か、御酒参つたの」「いつ盛らしやつた。イヤいつ飲ました。御酒下されても飲まいでも勤むるところはきつと勤むる。貴公はなぜ遅かったの。御酒参つたか。イヤサ内にへばりついてござつたか。貴殿より若狭助殿ハヽア格別勤められます。イヤまたそのもとの奥方は貞女といひ御器量と申し、手跡は見事。御自慢なされ/\。むつとされな。嘘ではないわさ。今日御前にはお取込み。手前とても同然。その中へ鼻毛らしい。イヤこれは手前が奥で歌でござる。それほど内が大切なら御出御無用。総体貴様のやうな、内にばかり居る者を井戸の鮒ぢやといふ譬がある。後学のため聞いておかつしやれ。かの鮒めがわづか三尺か四尺の井の中を、天にも地にもないやうに思ふてふだん外を見る事がない。ところにかの井戸がへに釣瓶について上ります。それを川へ放ちやると、なにが内にばかり居る奴ぢやによつて喜んで途を失ひあちらへうろうろこちらへうろうろあげくには、橋杭で鼻をうつて即座にぴり/\/\/\と死にまする。さあかの鮒めが。貴様も丁度その鮒と同じこと。鮒よ鮒よ、鮒だ、/\、鮒武士だ」「フウム」「殿中だ」「ハア/\/\」「ハヽヽヽヽ」と出放題。判官腹に据えかね「こりやこなた狂気召さつたか。イヤサ気がちがふたか師直」「イヤこいつ武士をとらへて気違ひとは。出頭第一の高師直」「ムヽすりや今の悪言は本性よな」「くどい/\、がまた本性ならどうする」「ムヽオヽかうする」と抜討ちに真向に切りつける眉間の大傷。『これは』と沈む身のかはし、烏帽子の頭二つに切れ、また切りかゝるを抜けつくぐりつ逃げ廻る折もあれ、お次に控へし本蔵走り出て押しとゞめ「コレ判官様御短慮」と抱きとむるその隙に、師直は舘をさしてこけつまろびつ逃げ行けば「おのれ師直真二つ。放せ本蔵放しやれ」とせりあふ中、舘も俄に騒ぎ出し、家中の諸武士、大名小名押さへて刀もぎとるやら。師直を介抱やら、上を下へと



裏門の段

立騒ぐ 表御門裏御門、両方打つたる舘の騒動提灯ひらめく大騒ぎ。早野勘平うろ/\眼走り帰つて裏御門、砕けよ破れよと打叩き大音声「塩谷判官の御内早野勘平、主人の安否心許なし。こゝ開けてたべ早く/\」と呼ばはつたり。門内よりも声高々「御用あらば表へ廻れ、こゝは裏門」「なるほど裏門合点。表御門は家中の大勢早馬にて寄り付かれず、喧嘩の様子は何と/\」「喧嘩の次第相済んだ。出頭の師直様へ慮外致せし利によつて、塩谷判官は閉門仰付けられ、網乗物にてたつた今帰られし」と聞くより「ハア南無三宝、お屋敷へ」と走りかゝつて「イヤ/\/\閉門ならば舘へはなほ帰られじ」と行きつ戻りつ思案最中。腰元おかる道にてはぐれ「ヤア勘平殿、様子は残らず聞きました。こりや何とせうどうせう」と取付き嘆くを取つて突退け「エヽめろ/\とほえ面、コリヤ勘平が武士はすたつたわやい。もうこれまで」と刀の柄。「コレ待つて下され。こりやうろたへてか勘平殿」「オヽうろたへた。これがうろたへずにをられやうか。主人一生懸命の場にも在り合わさず、あまつさへ囚人同然の網乗物お屋敷は閉門、その家来は色に耽りお供にはづれしと人中へ、両脇差し出られうか。こゝを放せ」「マヽヽヽ待つて下さんせ。もつともじや道理ぢやが、その狼狽武士には誰がした。皆わしが心から死ぬる道ならお前より私が先へ死なねばならぬ。今お前が死んだらば誰が侍ぢやと褒めまする。こゝをとつくりと聞き分けて私が親里へひとまづ来て下さんせ。父様も母様も在所でこそあれ頼もしい人、もうかうなつた因果ぢやと思うて女房の言ふ事も聞いて下され勘平殿」とわつとばかりに泣き沈む。「さうぢやもつともそちは新参なれば、委細の事は得知るまい。お家の執権大星由良助殿、今だ本国より帰られず、帰国を待つてお詫びせん。サア一時なりとも急がん」と身拵へするところへ 鷺坂伴内、家来引連れ駆出で「ヤア/\勘平。うぬが主人の塩谷判官おらが旦那の師直様と何か知らぬが殿中においてあつちやの方でぼつちやくちや、こつちの方でべつちやくちや、ちやつちやくちや/\咄しのうち、小さ刀をちよつと抜いてちよつと切つた科によつて屋敷は閉門網乗物にてエツサツサ/\、エツサツサ/\、エツササとぼつ帰したわい。追付首がころりと飛ぶは知れたこと。サア腕回せ連れ帰つてなぶり切り、覚悟ひろげ」とひしめけば「ハヽヽヽヽよい所へ鷺坂伴内。おのれ一羽で食足らねど勘平が腕の細ねぶか、料理塩梅食うて見よ」「イヤ物は言はすな家来ども」「畏つた」と両方より「捕つた」とかゝるを「まつかせ」とかいくゞり、両手に両膝捻上げ、はつし/\と蹴返せば、代つて切込む切先を、刀の鞘にて丁ど受け、廻つて来ると鐺と柄にて仰向にそらし、四人一緒に切りかゝるを、右と左へ一時に、でんがく返しにばた/\/\と打据へられ、皆ちりぢりに行く後へ、伴内いらつて切りかゝる、引ぱづしそつ首握り、大地へどうともんどり打たせ、しつかと踏付け「サアどうしようとこつちのまゝ。突かうか切らうかなぶり殺し」と振上ぐる刀に、すがつて「コレ/\そいつを殺すとお詫びの邪魔。もうよいわいな」と留める間に 足の下をこそ/\と、尻に尾のない鷺坂は頭はあるかと振つてみて「あるとも/\大丈夫」命からがら逃げて行く「エヽ残念々々、さりながら彼奴をばらさば不忠の不忠。ひとまず夫婦が身を隠し、時節を待つて願うて見ん」もはや明六ツ東がしらむ横雲にねぐらを離れ飛ぶ烏かはい/\の女夫連れ、道は急げど後へ引く、主人の御身いかがと案じ行くこそ



花籠の段

 浮世なれ塩谷判官閑居によつて扇ケ谷の上屋敷。大竹にて門戸を閉じ、家中の外は出入を留め、事厳重に見へにけり。かゝる折にも花やかに奥は媚く女中の遊び、御台所顔世御前。おそばには大星力弥、殿のお気を慰めんと鎌倉山の八重九重、色々桜花籠に活けらるゝ花よりも、生ける人こそ花紅葉。柳の間の廊下を伝ひ、諸士頭原郷右衛門。後につゞいて斧九太夫「これは/\力弥殿、早い御出仕」「イヤそれがしも国許より親どもが参るまで昼夜相詰め、まかりある」「それは御奇特千万」と郷右衛門、両手をつき「こんにち、殿の御機嫌は如何お渡り遊ばさるゝ」と申し上ぐれば、顔世御前「オヽ二人とも大儀々々、このたびは判官様お気詰りに思召し、お失例(しつらい)でも出ようかと案じたとは格別。明け暮れ築山の花盛り御覧じて御機嫌のよいお顔ばせ。それ故にみづからもお慰みに差上げうと名ある桜を取寄せて、見やる通りの花ごしらへ」「ハ如何さまにも仰せの通り。花は開くものなれば、御門も開き閉門をお赦さるゝ吉事の御趣向。拙者も何がなと存ずれど、かやうなことの思ひつきは、イヤモ不調法なる郷右衛門。ヤア肝心の事申し上げん。今日御上使のお出でと承りしが、定めて殿の御閉門を御赦さるゝ御上使ならん。なんと九太夫殿、さうは思召されぬか」「ハヽヽヽヽコレサ/\郷右衛門殿。この花といふものも当分人の目を喜ばすばかり。風が吹けば散り失せる。こなたの詞もまつその如く、人の心を喜ばさうとて武士に似合はぬぬらりくらりと後からはげる正月詞。サヽヽなぜとお言やれ。このたび殿の御落度は饗応の御役儀を蒙りながら、執事たる人に手を負せ、舘を騒がせし科。軽うて流罪、重うて切腹。自体また師直公に敵討は殿御不覚」と聞きもあへず郷右衛門「さてはその方、殿の流罪切腹を願はるゝか」「イヤ願ひは致さぬ、願ひは致さねど詞を飾らず真実を申すのぢや。もとはと言へば郷右衛門殿、こなたの吝嗇(りんしょく)しはさから起こつたこと、金銀をもつて面を撲りめさるれば、かやうなことは出来申さぬ」と巳が心に引当てゝ、欲面打消す郷右衛門「人に媚びへつらふは侍ではない。武士でない。なう力弥。なんとさうではあるまいか」と詞の角を、なだむる御台「二人とも争ひ無用。このたび夫の御難儀なさるもとの起りはこの顔世。いつぞや鶴が岡で饗応の折柄、道知らずの師直、主のあるみづからに無体な恋を言ひかけ、さまざまと口説きしが、恥を与へ懲りせんと判官様にも露知らさず、歌の点に事よせ、さよ衣の歌を書き恥ぢしめてやつたれば、恋のかなはぬ意趣ばらしに判官様に悪口。もとより短気なお生れつき、え堪忍なされぬはお道理でないかいの」と語りたまへば、郷右衛門、力弥もともに御主君の御憤りを察し入り、心外面にあらはせり。『はや御上使の御出で』と玄関広間ひしめけば、奥へかくと通じさせ、御台所も座を下り、皆々



塩谷判官切腹の段

出迎ふ間もなく 入り来る上使は石堂右馬丞、師直が眤近(じっきん)薬師寺次郎左衛門、『役目ならば罷り通る』と会釈もなく上座につけば、一間の内より塩谷判官しづ/\と立ち出で「これは/\御上使とあって石堂殿、御苦労千万。まづお盃の用意せよ、御上使の趣承り、いづれもと一献酌み積欝をはらし申さん」「オヽそれようござろ。薬師寺もお相手致さう。したが上意を聞かれたら酒ものどへは通るまい」と嘲笑へば右馬丞「我れ/\今日上使に立つたるその趣、つぶさに承知せられよ」と懐中より御書取り出し押開けば、判官も積を改め、承るその文言「このたび塩谷判官高定。私の宿意を以て執事高師直を刃傷に及び、舘を騒がせし利によつて国郡を没収し切腹申しつくるものなり」聞くよりはつと驚く御台。並み居る諸士も顔見合せ、あきれはてたるばかりなり。判官動ずる気色もなく「御上意の趣意細承知つかまつる。さてこれからは各々の御苦労休めにうちくつろいで御酒一つ」「コレ/\判官だまり召され、その方が今度の科は縛り首にも及ぶべきところお上の慈悲をもつて切腹仰せつけらるヽをありがたう思ひ、早速用意もすべき筈。殊にもつて切腹には定つた法のあるもの。それになんぞや、当世風の長羽織、ぞべらぞべらとしらるヽは酒興か。たゞし血迷うたか。上使に立つたる石堂殿、この薬師寺へ不作法」ときめつくれば、につこと笑ひ「この判官酒興もせず、血迷ひもせぬ。今日上使と聞くよりも、かくあらんと期したる故、かねての覚悟見すべし」と大小羽織を脱ぎ捨つれば、下には用意の白小袖、無紋の上下死装束、みな/\これはと驚けば、薬師寺は言句も出でず、顔ふくらして閉口す。右馬丞さし寄つて「御心底察し入る。即ち拙者検使の役、心静かに御覚悟」「ハヽア御親切かたじけなし。刃傷に及びしより、かくあらんとはかねての覚悟。恨むらくは舘にて加古川本蔵に抱き留められ、師直を討ちもらし、無念骨髄に通つて忘れがたし、湊川にて楠正成最期の一念によつて生を引くと言ひし如く、生き替り、死に替り、欝憤を晴らさん」と怒りの声ともろともに、お次の襖打ちたゝき「一家中の者ども、殿の御存生に御尊顔を拝したき顔。御前へ推参致さんや。郷右衛門殿お取次、郷右衛門殿お取次」と家中の声々聞ゆれば、郷右衛門、御前に向ひ「いかがはからひ候はん」「フウもつともなる願ひなれども、由良助が参るまで無用々々」はつとばかりに一間に向ひ「聞かるゝ通りの御意なれば、一人も叶はぬ、/\」諸士は返す詞もなく、一間もひつそとしづまりける。力弥御意をうけたまはり、かねて用意の切腹刀、御前に直すれば、心静かに肩衣取りのけ座をくつろげ「力弥」「ハツ/\」「由良助は」「いまだ参上つかまつりませぬ」「フウ存生に対面せで残念。ハテ残り多やな。コレ/\御検使。御見届け下さるべし」と三宝引き寄せ九寸五分押し頂き「力弥、々々」「ハツ/\」「由良助は」「いまだ参上つかまつりませぬ」「是非に及ばぬ。これまで」と刀逆手に取り直し、弓手に突き立て引廻す。御台二た目と見もやらず、口に称名、目に涙。廊下の襖踏みひらき、駆け込む大星由良助。主君のありさま見るよりも「ハツ/\/\ハア」とばかりにどうと伏す。後に続いて千崎、矢間、そのほかの一家中ばら/\と駆け入つたり。「国家老大星由良助、たゞいま到着仕りました」「ナニ国家老由良助とな。最期の対面苦しうない 近う」「ハツ」「近う」「ハ」「近う、/\、/\」「ハツ/\/\」「ヤレ由良助、待ちかねたわいやい」「ハヽア。御存生の御尊顔を拝し、身にとつて何ほどか」「オヽ我も満足々々。定めて子細聞いたであらう。聞いたか。/\。エヽ無念。口惜しいわやい」「ハヽア委細承知仕る。この期に及び申上ぐる詞もなし。たゞ御最期の尋常を願はしう存じまする」「オヽ言ふにや及ぶ」ともろ手をかけ、ぐつ/\と引廻し、苦しき息をほつとつぎ「由良助。この九寸五分は汝へ形見。我が欝憤を晴らさせよ」と切先にてふえはね切り、血刀投出しうつぶせに、どうど転び、息絶ゆれば、御台を始め、並み居る家中、眼を閉じ息をつめ、歯を食ひしばり控ゆれば、由良助にじり寄り、刀取り上げ押戴き、血に染まる切先を打守り、/\拳を握り、無念の涙はらはらはら。判官の末期の一句五臓六腑にしみわたり、さてこそ末世に大星が忠臣義心の名を上げし根ざしはかくと知られけり。薬師寺はつと立ち上り「判官がくたばるからは、早々屋敷を明け渡せ」「イヤさは言はれな薬師寺。いはゞ一国一城の主。ヤ方々、葬送の儀式取りまかなひ心静かに立ち退かれよ。この石堂は検使の役目。切腹を見届けたれば、この旨を言上せん。ナニ由良助どの、御愁傷察し入る。用事あらば承らん。必ず心おかれな」と並み居る諸士に目礼し、悠々として立帰る。「この薬師寺も死骸片づけるその間、奥の間で休息せう。家来参れ」と呼び出し「家中ども、がらくた道具門前へほうり出せ。判官が所持の道具ソレ俄浪人にまげられな」と舘の四方をねめ廻し、一間の内へ入りにけり。御台は一間を転び出で「なう由良助。さても/\武士の身の上程悲しいもののあるべきか。いま夫の御最期に言ひたいことは山々なれど、未練なと御上使のさげしみが恥づかしさに、いままでこらへてゐたわいの。いとほしのありさまや」と亡骸に抱きつき、前後も分かず泣き給ふ。「力弥参れ。御台所もろとも亡君の御骸を御菩提所光明寺へ早々送り奉れ。由良助も後より追付き、葬送の儀式取り行なはん。堀、矢間、小寺、間そのほかの一家中道の警護致されよ」と詞の下よりお乗物手舁に舁き据え戸を開き、みな立寄つて御死骸、涙とともに乗せ奉り、しづ/\と舁ぎ上ぐれば、御台所は正体なく嘆き給ふを、慰めて、諸士の面々我れ一と、お乗物に引添ひ/\、御菩提所へと



城明渡しの段

『はつた』と睨んで



山崎街道出合いの段

 立ち出づる。鷹は死しても穂は摘まずと、たとへに洩れず入る月や、日数も積もる山崎の、辺りに近き侘び住居、早野勘平若気の誤り、世渡る元手細道伝ひ、この山中(やまなか)の鹿(しし)猿を、撃つて商ふ種ケ島も、用意に持つや袂まで、鉄砲雨のしだらでん。誰が水無月と夕立の、晴れ間をこゝに松の蔭。向ふより来る小提灯、これも昔は弓張の、灯火消さじ濡らさじと、合羽の裾に大雨を、凌ぎて急ぐ夜の道、「イヤ申し申し、卒爾ながら火を一つ御無心」と立ち寄れば、旅人もちやくと身構へし、「ムヽ、この街道は不用心と知つて合点の一人旅。見れば飛道具の一口商ひ。得こそは貸さじ出直せ」と、びくと動かば一討と、眼を配れば、「イヤア成程、盗賊とのお目違ひ御尤も千万。我れらはこの辺りの狩人なるが、先程の大雨に、火口も湿り難儀至極。サア鉄砲それへお渡し申す。自身に火を付け御貸し」と、他事なき詞顔付を、きつと眺めて、「和殿は早野勘平ならずや」「さ言ふ貴殿は千崎弥五郎」「これは堅固で」「御無事で」と、絶えて久しき対面に、主人の御家没落の、胸に忘れぬ無念の思ひ、互ひに拳を握り合ふ。勘平は差し俯き、暫し詞もなかりしが。「エヽ、面目もなき我が身の上、古朋輩の貴殿にも、顔も得上げぬこの仕合せ、武士の冥加に尽きたるか。殿判官公の御供先、御家の大事起こりしは、是非に及ばぬ我が不運。その場にもあり合はせず、御屋敷へは帰られず、所詮時節を待つて御詫びと、思ひの外の御切腹。南無三宝、皆師直めが為す業。せめて冥途の御供と、刀に手は掛けたれど、何を手柄に御供と、どの面提げて言ひ訳せんと、心を砕く折から、密かに様子を承はれば、由良殿御親子、郷右衛門殿を始めとして、故殿の欝憤散ぜんため、寄り寄りの思し召し立ちあるとの噂。我れらとても御勘当の身と言ふでもなし、手掛り求め由良殿に対面遂げ、御企ての連判に御加へ下さらば、生々世々の面目。貴殿に逢ふも優曇華(うどんげ)の、花を咲かせて侍の、一分立てゝ給はれかし。古朋輩のよしみ武士の情、御頼み申す」と両手を付き、先非を悔いし男泣き、理りせめて不憫なる。弥五郎も朋輩の、悔み道理と思へども、大事をむさと明かさじと、「コレサコレサ勘平。はてさて、御手前は身の言ひ訳に取り混ぜて、御企てのイヤ連判などとは何の戯言(たわごと)。左様の噂かつてなし。某は由良殿より郷右衛門殿へ急ぎの使ひ。先君の御廟所へ、御石碑を建立せんとの催し。しかし、我々とても浪人の身の上。これこそ塩谷判官の御石塔と、末の世までも人の口の端(は)にかゝるもの故、御用金を集むるその御使ひ。先君の御恩を思ふ人を選り出すため、わざと大事を明かされず。先君の御恩を思はゞ、ナ、ナ、合点か」と、石碑になぞらへ大星の、企みを余所(よそ)に知らせしは、実に朋輩のよしみなり。「ハヽア、忝ない弥五郎殿。成程、石碑と言ひ立て御用金の御拵へある事、とつくに承はり及び、某も何とぞして御用金を調へ、それを力に御詫びと、心は千々(ちぢ)に砕けども、弥五郎殿、恥づかしや主人の御罰で今このざま。誰れにかうとの便りもなし。されどもかるが親与市兵衛と申すは頼もしい百姓。我々夫婦が判官公へ不奉公を悔み嘆き、何とぞして元の武士に立ち返れと、伯父姥共に嘆き悲しむ。これ幸ひ、御辺に逢ひし物語、段々の子細を語り、元の武士に立ち返ると言ひ聞かさば、わづかの田地も我が子のため、何しに否は得も言はじ。御用金を手掛りに郷右衛門殿までお取次ぎ、一入(ひとしお)頼み存ずる」と、余儀なき詞に、「ムヽ成程、然らばこれより郷右衛門殿まで、右の訳をも話し、由良殿に願ふて見ん。明々日必ずきつと御返事。すなはち郷右衛門殿の旅宿の所書き」と、渡せば取つて押し頂き、「重々のお世話忝なし。何とぞ急に御用金を拵へ、明々日御目に掛からん。某が在所御尋ねあらば、この山崎の渡し場を左へ取り、与市兵衛と御尋ねあらば、早速相知れ申すべし。夜更けぬうちに早くも御出で。アヽコレ、この行先はなほ物騒、随分ぬかるな」「合点々々。石碑成就するまでは、蚤にも食はさぬこの身体。御辺も堅固で、御用金の便りを待つぞ。さらば」「さらば」と両方へ、立ち別れてぞ



二つ玉の段

 急ぎ行く。またも降り来る雨の足、人の足音とぼとぼと、道は闇路に迷はねど子故の闇につく杖も、直ぐなる心堅親仁(かたおやじ)、一筋道の後から、「オーイ、オーイ。オイ親父殿、先にから呼ぶ声が、貴様の耳へは這入らぬか。この物騒な街道を、よい年をして大胆々々。連れにならう」と向ふへ廻り、ぎよろつく眼玉、ぞつとせしが、さすがは老人、「これはこれはお若いに似ぬ御奇特な。私もよい年をして一人旅は嫌なれど、サアいづくの浦でも金程大切な物はない。去年の年貢に詰まり、この中から一家中の在所へ無心に往たれば、これもびた平なか才覚ならず。埒の明かぬ処に長居はならず、すごすご一人戻る道」と、半分言はさず、「ヤイヤイ喧しい。有様が年貢の納まらぬ、その相談を聞きには来ぬ。コレ親仁殿、俺が言ふ事とくと聞かしやれ、マアかうぢやわ。こなたの懐に金なら四五十両の嵩、縞の財布にあるのを、とつくりと見付けて来たのぢや。貸して下され、貸して下され。男が手を合はす。定めて貴様も何ぞつまらぬ事か、子が難儀に及ぶによつてといふ様な、ある格な事ぢやあろうけれど、俺が見込んだら、ハテしよ事がないと諦めて、貸して下され、貸して下され」と懐へ手を差し入れ、引ずり出だす縞の財布、「アヽ申し、それは」「それはとは、これ程こゝにあるもの」と、ひつたくる手に縋り付き、「イエイエ、この財布は後の在所で草鞋買ふとて端銭(はしたぜに)を出しましたが、後に残るは昼食(ちゅうじき)の握り飯。霍乱(かくらん)せん様にと娘がくれた和中散、反魂丹(はんごんたん)でござります。お許しなされて下さりませ」とひつたくり、逃げ行く先へ立ち廻り、「エヽ聞き分けのない。酷い料理するが嫌さに、手緩う言へばつけ上がる。サア、その金こゝへ捲き出だせ。遅いとたつた一討ち」と、二尺八寸拝み討ち、「ノウ悲しや」と言ふ間もなく、唐竹割りと切り付くる、刀の廻りか手の廻りか、外れる抜身を両手にしつかと掴み付き、「どうでもこなた、殺さしやるの」「オヽ、知れた事。金のあるのを見てする仕事。小言吐かずとくたばれ」と、肝先へ刺しつくれば、「マアマア待つて下さりませ、マアマア待つて下さりませ。ハア是非に及ばぬ。成程々々、これは金でござります。けれどもこの金は、私にたつた一人の娘がござります、その娘が命にも代へぬ大事の男がござりまする、その男のために要る金。ちと訳ある事故浪人して居まする。娘が申しまするは、あのお人の浪人も元は私故、何とぞして元の武士にして進ぜたい、進ぜたいと、嚊とわしとへ毎夜さの頼み。アヽ身貧にはござりまする。どうも仕覚(しがく)の仕様もなく、婆と色々談合して娘にも呑み込ませ、婿へは必ず沙汰なしと示し合はせ、ほんに、ほんに親子三人が血の涙の流れる金。それをお前に取られて娘はなんとなりませう、娘はなんとなりませうぞいの。マア一里行けば私が在所、金を婿に渡してから殺されませう。申し、申し、娘が喜ぶ顔見てから死にたうござります、これ申し。さりとてはお情けない。アヽかういふ事とは露知らず、さぞ女房子が待ちおらうと、そればつかりが気に掛かり、冥途の道をうろうろと迷ひまする」とせき上げて、取り乱したる恩愛の、心ぞ思ひやられたり。「貧乏寺の鐘の声、オヽ悲しいこつちやわ。もつととこぼえ、ヤイ老いぼれめ。その金で俺が出世すりや、その恵みでうぬが倅も出世するわやい。人に慈悲すりや悪うは報はぬ。アヽ可愛いや」とぐつと突く、『うん』と手足の七転八倒、のたくり廻るを、脚(すね)にて蹴返し、「オヽいとしや痛かろけれど、俺に恨みはないぞや。金がありやこそ殺せ、金がなけりやコレなんのいの。金が敵だいとしぼや。アヽ南無阿弥陀仏、南無阿弥。南無妙法蓮華経。どちらへなりと失せをろ」と、刀も抜かぬ芋ざし抉り、草葉も朱(あけ)に置く露や、年も六十四苦八苦、あへなく息は絶へにけり。仕済ましたりと件の財布、暗がり耳の掴みよみ、「ヤア五十両、アヽ久し振りのご対面、忝なし」と首にひつ掛け、死骸をすぐに谷底へ、はね込み蹴込み泥まぶれ、はねは我が身にかゝるとも知らず立つたる後より、逸散に来る手負ひ猪、「これはならぬ」と身をよぎる、駆け来る猪は一文字、木の根岩角踏み立て蹴立て、只一まくりに飛び行けば、『あはや』と見送る定九郎が、背骨をかけてどつさりと、肋へ抜ける二つ玉、ふすぼり返つて死したるは、心地よくこそ見えにけれ。『猪撃ち留めし』と勘平は、鉄砲引提げこゝかしこ、「こりや人」『天の与え』と押し頂き、猪より先へ逸散に、飛ぶが如くに



身売りの段

 立ち帰る。所も名に負ふ山崎の小百姓、与市兵衛が埴生の住家、今は早野勘平が浪々の身の隠れ里、女房おかるは寝乱れし、髪取り上げんと櫛箱の、暁かけて戻らぬ夫、待つ間もとけし投島田、結ふに言はれぬ身の上を、誰にか柘植(つげ)の水櫛に、髪の色艶梳き返し、品よくしやんと結ひ立てしは、在所に惜しき姿なり。母の齢(よわい)も杖つきの、野道とぼとぼ立ち帰り、「オヽ娘、髪結ひやつたか。美しうよう出来た。イヤもう、在所はどこもかも麦秋時分で忙しい。今も藪隙で若い衆が麦かつ歌に、『親父出て見やばゝん連れて』と唄ふを聞き、親父殿の遅いが気に掛り、在口まで行たれど、ようなう影も形も見えぬ」「サイナ、こりやまあどうして遅い事ぢや。わし、一走り見て来やんしよ」「イヤノウ、若い女子一人歩くは要らぬ事。殊にそなたは小さい時から在所を歩くことさへ嫌ひで、塩谷様へ御奉公にやつたれど、どうでも草深い処に縁があるやら戻りやつたが、勘平殿と二人居やれば、おとましい顔も出ぬ」「オヽかゝ様のそりや知れた事。好いた男と添ふのぢやもの、在所はおろかどんな貧しい暮らしでも苦にならぬ。やんがて盆になつて、『とさま出て見やかゝんつ、かゝん連れて』といふ唄の通り、勘平殿とたつた二人、踊り見に行きやんしよ。かゝさん、お前も若い時覚えがあろ」と、差し合ひくらぬぐわら娘、気もわさわさと見えにける。「イヤノウ、なんぼその様に面白をかしう言やつても、心の中はの」「イエイエ、済んでござんす。主のために祇園町へ勤め奉公に行くは、かねて覚悟の前なれど、年寄つて父さんの世話やかしやんすが」「そりや言やんな。小身者なれど兄も塩谷様の御家来なれば、外の世話する様にもない」と親子話の中道伝ひ。駕籠を舁かせて、急ぎ来るは祇園町の一文字屋。「サヽ駕籠の衆ござれ。コウツト、なんでもこの前来た時は、確かこの松の木から、一軒、二軒、三軒目。オヽこゝぢや、こゝぢや」と門口から。「与市兵衛殿内にか」と言ひつゝ這入れば、「これはこれは遠い処を、ソレ煙草盆、お茶あげましや」と親子して、槌で御家を白人屋の亭主、「さて、夕べはこれの親父殿もいかい大儀、別条なう戻られましたかな」「エヽ、さては親父殿と連れ立つて来はなされませぬか。これはしたり、お前往てから今にをいて」「ヤア戻られぬか。ハテ面妖(めんよう)な。ハア、もし稲荷前をぶらついてかの玉どんに摘まりやせぬかの。コレ、この中こゝへ見に来て極めた通り、お娘の年も丸五年切り。給銀は金百両、さらりと手を打つた。これの親父が言はるゝには『今夜中に渡さねばならぬ金あれば、今晩証文を認め、百両の金子(きんす)お貸しなされて下され』と戻をこぼしての頼み故、証文の上で半金渡し、残りは奉公人と引き換への契約。何がその五十両渡すと喜んで戴き、ほたほた言ふて戻られたはもう、四つでもあらうかい。夜道を一人金持つてゐらぬものと、留めても聞かず戻られたが、但しは道に」「イエイエ、寄らしやる所は、ノウ母さん」「ないとも、ないとも。ことに一時も早うそなたやわしに金見せて喜ばさうとて、息せきと戻らしやる筈ぢやに、合点がいかぬ」「イヤイノ、コレ、コレ…合点のいくいかぬはそつちの穿鑿(せんさく)。こちは下がりの金渡して、奉公人を連れて去の」と、懐より金取り出だし、「跡金の五十両、これで都合百両。サア渡す、受取らしやれ」「お前、それでも親父殿の戻られぬ中は、のうかる、わが身はやられぬ」「ハテぐづぐづと埒の明かぬ。コレ、ぐつともすつとも言はれぬ与市兵衛の印形、証文が物言ふわいの、これ証文が。今日から金で買ひ切つた体、一日違へばれこづゝ違ふ。どうでかうせざ済むまい」と手を取つて引立つる、「マアマア待つて」と取り付く母親、突き退け跳ね退け、無体に駕寵へ押し込み押し込み、舁きあぐる門の口。鉄砲に蓑笠打ち掛け、戻りかゝつて見る勘平、つかつかと内に入り、「駕籠の中なは女房ども、コリサマアどこへ」「オヽ勘平殿、よい所へよう戻つて下さつた」と母の喜び、その意を得ず、「どうでも深い訳があろ。母者人、女房ども、様子聞かう」とお上の真中、どつかと坐れば、文字の亭主、「ハヽア、さてはこなたが奉公人の御亭ぢやの。いやも、たとへ御亭が布袋が大黒が弁天が毘沙門でも、『許婚の夫などと、脇より違乱妨げ申す者これ無く候』と、親父の印形あるからは、こつちには構はぬ。サアサア早う奉公人を受取らうかい」「オヽ婿殿合点が行くまい。かねてこなたに金の要る様子、娘の話で聞いた故、どうぞ調へて進ぜたいと、言ふたばかりで一銭の当てもなし。そこで親父どのの言はしやるには、ひよつとこなたの気に、女房売つて金調へ様と、サよもや思ふてではあるまいけれど、もし二親の手前を遠慮して居やしやるまいものでもない。いつそこの与市兵衛が婿殿に知らさず娘を売らう、まさかの時は切取りするも侍の習ひ、女房売つても恥にはならぬ。お主の役に立つる金、調へておましたら満更腹も立つまいと、昨日から祇園町へ折極はめに往て、今に房らしやれぬ故親子案じて居る中へ、親方殿が見へて、昨夜親父殿に半金渡し跡金の五十両と引き換へに、娘を連れて去なうと言ふてなれど、親父殿に逢ふての上と訳を言ふても聞き入れず。今連れて去なしやるところ、どうせうぞ、勘平殿」「ハヽ、これはこれは、まづ以て舅殿の心遣ひ忝ない。したがこちにもちつとよい事があれども、マアそれは追つて、イヤコレ親父殿も戻られぬに、女房どもは渡されまい」「とはまた何故に、とは何故に」「ハテ、いはゞ親なり判がゝり。尤も夕べ半金の五十両渡されたでもあらうけれど」「アヽこれいのこれ、京大坂を股にかけ女護島程奉公人を抱へる一文字屋、渡さぬ金を渡したと言ふて済むものかいの、コレ済むかいの。まだその上に慥かな事があるてや。これの親父がかの五十両といふ金を手拭にくるくると巻いて懐に入れらるゝ。『アヽそりや危ない危ない、そりや危ない。これに入れて首に掛けさつしやれ』と、俺が着てゐる、かう、かうかうこの単物(ひとえもの)の縞の切れで拵へた金財布貸したれば、やんがて首にかけて戻られう」「ヤアなんと、こなたが着てゐるこの縞の切れの、金財布か」「オヽてや」「あの、この縞でや」「なんと、慥かな証拠であらうがな」と、聞くより『ハツ』と勘平が肝先にひしと堪へ、傍辺りに目を配り、袂の財布見合はせば、寸分違はぬ糸入り縞。『南無三宝、さては夕べ鉄砲で撃ち殺したは舅であつたか、ハア、ハツ』と、我が胸板を二つ玉で撃ち抜かるゝより切なき思ひ、とは知らずして女房、「コレこちの人、そはそはせずと、遣るものか遣らぬものか、分別して下さんせ」「ム成程。ハテもうあの様に慥かに言はるゝからは、行きやらずばなるまいか」「アノ父つさんに逢はいでもかえ」「アヽイヤイヤ、親父殿にも、今朝ちよつと逢うた、が戻りは知れまい」「フウ、そんなりや父つさんに逢ふてかえ。それならさうと言ひもせで、母さんにもわしにも案じさしてばつかり」と言ふに文字も図に乗つて、「それを見みいなどうどすえ。七度尋ねて人疑へぢや。親父の在り所の知れたので、そつちもこつちも心が良い。まだこの上にも四の五のあれば、いやともにでんど沙汰。マアマアさらりと済んでめでたい、めでたい、ハヽヽヽヽ。ヤコレお袋も御亭も六条参りしてちと寄らしやれ。サアサアお娘、早く駕籠に乗りや、乗りや。エヽ乗りやいのう」「アイ、アイ。これ勘平殿、もう今あつちへ行くぞえ。年寄つた二人の親達、とうでこなさんのみんな世話。取り分けて父つさんはきつい持病。気を付けて下さんせ」と、親の死に目を露知らず、頼む不便さいぢらしさ、『いつそ打ち明けありのまゝ、話さんにも他人あり』と、心を痛め堪へ居る。「オヽ婿殿、夫婦の別れ暇乞がしたかろけれど、そなたに未練な気も出よかと思ふての事であらうぞいのう」「イエイエ、なんぼ別れても、主のために身を売れば、悲しうもなんともない。わしや勇んで行く。母さん、したが父つさんに逢はずに行くのが」「オヽ、それも戻らしやつたらつひ逢ひに行かしやろぞいの。煩はぬ様に灸据ゑて、息災な顔見せに来てたも、ヤ」「アイ」「ヤ」「アイ」「ヤ、ヤ、ヤ」「アイナア」「鼻紙扇もなけりや不自由な。なんにもよいか。ソレとばついて怪我しやんな」と、駕籠に乗るまで心を付け、「さらばや」「さらば」「なんの因果で人並な娘を持ち、この悲しい目を見る事ぢや」と、歯を食いしばり泣きければ、娘は駕籠にしがみつき、泣くを知らさじ聞かさじと、声をも立てず咽せ返る。情なくも駕籠舁き上げ、道を



早野勘平腹切の段

 早めて急ぎ行く。母は後を見送り見送り、「アヽよしない事言うて娘もさぞ悲しかろ。オヽこな人わいの、親の身でさへ思ひ切りがよいに、女房の事ぐづぐづ思ふて煩うて下さんなや。この親仁殿はまだ戻らしやれぬ事かいなう。こなた逢うたと言はしやつたの」「成程」「そりやマア何処らで逢はしやつて、何処へ別れて往かしやつた」「されば、別れたその処は、鳥羽か伏見か淀竹田」と、口から出次第めつぽう弥八、種が島の六、狸の角兵衛、所の狩人三人連れ、親仁の死骸に蓑打ち着せ戸板に乗せ、どやどやと内に入り、「夜山仕舞うて戻りがけ、これの親仁が殺されてゐられた故、狩人仲間が連れて来た」と、聞くより『ハツ』と驚く母、「何者の仕業、コレ婿殿、殺した奴は何者ぢや、敵を取つて下されなう。コレノウ親仁殿、親仁殿」と、呼べど叫べどその甲斐も、泣くより他の事ぞなき。狩人共口々に、「オヽお袋、悲しかろ。代官所へ願うて詮議して貰はしやれ。アヽ笑止々々」と打ち連れて、皆々我が家へ立ち帰る。母は涙の隙よりも、勘平が傍へ差し寄つて、「コレ婿殿、よもや、よもや、よもや、とは思へども合点が行かぬ。なんぼ以前が武士ぢやとて、舅の死目見やしやつたらびつくりもしやる筈。こなた、道で逢うた時金受取りはさつしやれぬか。親仁殿が何と言はれた、サ言はつしやれ、言はつしやれ。サ何と、どうも返事はあるまいがの。ない証拠は、コレこゝに」と、勘平が懐へ手を差し入れて引き出だすは、「さつきにちらりと見ておいたこの財布。コレ、この様に血の付いてあるからは、こなたが親仁殿を殺したの」「ヤ、それは」「それはとは、それはとは、エヽわごりよはなう。隠しても隠されぬ、天道様が明らかな。親仁殿を殺して取つたその金や、誰に遣る金ぢや。聞こえた。身貧な舅、娘を売つたその金を、中で半分くすねておいて、皆遣るまいかと思ふてコリヤ、殺して取つたのぢやなア。今といふ今迄、律儀な人ぢやと思うて、騙されたが腹が立つわい。エヽこゝな人でなし、あんまり呆れて涙さへ出ぬわいやい。なう愛しや与市兵衛殿、畜生の様な婿とは知らず、どうぞ元の侍にしてやりたいと、年寄つて夜も寝ずに、京三界を駆け歩き、珍財を投げうつて世話さしやつたも、かへつてこなたの身の仇となつたるか。飼ひ飼ふ犬に手を喰はるゝと、ようもようもこの様に、惨たらしう殺された事ぢやまで。コリヤこゝな鬼よ蛇よ、父様を返せ、親仁殿を生けて戻せやい」と、遠慮会釈もあら男の、髻を掴んで引き寄せ引き寄せ叩き付け、「づだづだに切りさいなんだとて、これで何の腹が癒よ」と、恨みの数々口説き立て、かつぱと伏して泣きゐたる。身の誤りに勘平も、五体に熱湯の汗を流し、畳に喰ひ付き天罰と、思ひ知つたる折こそあれ。深編笠の侍二人、「早野勘平在宿をし召さるゝか、原郷右衛門、千崎弥五郎、御意得たし」と訪へば、折悪けれども勘平は、腰ふさぎ脇挟んで出で迎ひ、「これはこれは御両所共に見苦しきあばら家へ御出で、忝なし」と、頭を下ぐれば郷右衛門、「見れば家内に取り込みもあるさうな」「アヽイヤ、もう些細な内証事。御構ひなくともいざまづあれへ」「然らば左様に致さん」と、ずつと通り座に着けば。二人が前に両手を付き、「この度、殿の御大事に外れたるは拙者が重々の誤り、申し開かん詞もなし。何卒某が科御許しを蒙り、亡君の御年忌、諸家中諸共相勤むる様に、御両所の御取り成し、偏へに頼み奉る」と、身をへり下り述べければ。郷右衛門取りあへず、「まづもつてその方、貯へなき浪人の身として、多くの金子御石碑料に調進せられし段、由良助殿甚だ感じ入られしが、石碑を営むは亡君の御菩提、殿に不忠不義をせしその方の金子を以て、御石碑料に用ひられんは、御尊霊の御心にも叶ふまじとあつて、ナソレ金子は封の儘相戻さるゝ」と、詞の中より弥五郎懐中より金取り出だし、勘平が前に差し置けば、『ハツ』とばかりに気も顛倒(てんどう)、母は涙と諸共に、「コリヤこゝな悪人面、今といふ今、親の罰思ひ知つたか。ハイ、皆様も聞いて下さりませ。親仁殿が年寄つて後生の事は思はず、婿の為に娘を売り、金調へて戻らしやるを待ち伏せして、アヽアレあの様に殺して取つた金ぢやもの、天道様がなくば知らず、何で御用に立つものぞ。親殺しの生き盗人に罰を当てゝ下されぬは、神や仏も聞こえませぬ。あの不孝者、御前方の手に掛けて、なぶり殺しにして下され。わしや腹が立つわいの」と、身を投げ伏して泣きゐたる。聞くに驚き両人刀追つ取つて弓手馬手に詰め掛け詰め掛け、弥五郎声を荒らげ、「ヤイ勘平、非義非道の金取つて身の科の詫びせよとは言はぬぞよ。わが様な人非人、武士の道は耳にも入るまい、親同然の舅を殺し、金を盗んだ重罪人は大身槍の田楽刺し、拙者が手料理振舞はん」と、はつたと睨めば郷右衛門、「渇しても盗泉の水を飲まずとは義者の戒め。舅を殺し取つたる金、亡君の御用金になるべきか。生得汝が不忠不義の根性にて、調へたる金と推察あつて、突き戻されたる由良助殿の眼力、ハヽ天晴れ天晴れ。さりながら、ハア情けなきはこの事世上に流布あつて、塩谷判官の家来早野勘平、非義非道を行ひしといはゞ、汝ばかりが恥ならず、亡君の御恥辱と知らざるか。こなこな、こなこなこな、うつけ者めが。勘平、コレサ勘平、御身はどうしたものだ。左程の事の弁へなき、汝にてはなかりしが、いかなる天魔が魅入りし」と、鋭き眼に涙を浮かめ、事を分け理を責むれば、堪り兼ねて勘平諸肌押し脱ぎ脇差を、抜くより早く腹へぐつと突き立て、「ム、いづれもの手前面目もなき仕合はせ、拙者が望み叶はぬ時は切腹と兼ねての覚悟、わが、わが舅を殺せし事、亡君の御恥辱とあらば一通り申し開かん、両人共にまづ、まづまづ、まづまづまづ聞いてたべ。夜前弥五郎殿の御目に掛かり、別れて帰る暗紛れ、山越す猪に出合ひ、二つ玉にて撃ち留め、駆け寄つて探り見れば、猪にはあらで旅人、南無三宝誤つたり。薬はなきかと懐中を探し見れば、財布に入つたるこの金。道ならぬ事なれども、天より我に与ふる金とすぐに馳せ行き、弥五郎殿にかの金を渡し、立ち帰つて様子を聞けば、撃ち止めたるは、撃ち止めたるは、わが舅。金は女房を売つた金、か程迄する事なす事、いすかの嘴(はし)程違ふといふも、武運に尽きたる勘平が、身の成り行き推量あれ」と、血走る眼に無念の涙。子細を聞くより弥五郎ずんど立ち上り、死骸引き上げ打返し、『ムウ、ム』と疵口改め、「郷右衛門殿これ見られよ、鉄砲疵には似たれどもこれは刀で抉つた疵。勘平早まりし」と、言ふに手負も見てびつくり、母も驚くばかりなり。郷右衛門心付き、「イヤコレ千崎殿、アヽこれにて思ひ当つたり。御自分も見られし通り、これへ来る道端に鉄砲受けたる旅人の死骸、立ち寄り見れば斧定九郎。強欲な親九太夫さへ、見限つて勘当したる悪党者。身の佇みなき故に、山賊すると聞いたるが、疑ひもなく勘平が、舅を討つたは彼奴が業(わざ)」「エヽ、そんなりやアノ親仁殿を殺したは、他の者でござりますか。ハア」『ハツ』と母は手負に縋り、「コレ、手を合はして拝んます。年寄りの愚痴な心から恨み言ふたは皆誤り、堪へて下され勘平殿、必ず死んで下さるな」と泣き詫ぶれば、顔振り上げ、「只今、母の疑ひもわが悪名も晴れたれば、これを冥途の思ひ出とし、後より追付き舅殿、死出三途を伴はん」と、突込む刀引廻せば、「アヽ暫く暫く。思はずもその方が舅の敵討つたるは、未だ武運に尽きざるところ。弓矢神の御恵みにて、一功立つたる勘平、息のあるうち郷右衛門が、密かに見する物あり」と、懐中より一巻を取り出だし、さらさらと押し開き、「この度、亡君の敵高師直を討ち取らんと神文を取り交し、一味徒党の連判かくの如し」と、読みも終らず苦痛の勘平、「シテその姓名は、誰々なるぞ」「オヽ徒党の人数は四十五人、汝が心底見届けたれば、その方を差し加へ一味の義士四十六人。これを冥途の土産にせよ」と、懐中の矢立取り出だし姓名を書き記し、「勘平、血判」「オヽ心得たり」と、腹十文字に掻き切り、臓腑を掴んでしつかと押し、「サ血判、仕つた」「アヽコリヤ乗るな、乗るな。早野勘平繁氏、確かに血判相済んだぞ」「チエヽ忝なや有難や。わが望み達したり。母人、嘆いて下さるな。舅の最期も女房の奉公も、反古にはならぬこの金、一味徒党の御用金」と、言ふに母も涙ながら、財布と共に二包み、二人が前に差し出だし。「勘平殿の魂の入つたこの財布、婿殿ぢやと思うて敵討の御供に連れてござつて下さりませ」「オヽ成程、尤もなり」と、郷右衛門金取り納め、「思へば思へばこの金は、縞の財布の紫摩(しま)黄金、仏果を得よ」と言ひければ、「ヤア仏果とは穢らはし、死なぬ死なぬ。魂魄この土に留まつて、敵討ちの御供する」と、言ふ声も早四苦八苦、『惜しや不憫』と両人が、浮む涙の玉の緒も、切れてはかなくなりにけり。「ヤア、ヤアヤア、もう婿殿は死なしやつたか。さてもさても世の中に、俺が様な因果な者が又と一人あらうか。親仁殿は死なつしやる、頼みに思ふ婿を先立て、いとし可愛いの娘には生き別れ、年寄つたこの母が一人残つてこれがマア、何と生きてゐられうぞ。コレ親仁殿、与市兵衛殿、俺も一緒に連れて往て下され」と、取り付いては泣き叫び、また立ち上つて、「アヽコレ婿殿、母も共に」と、縋り付いては伏し沈み、あちらでは泣きこちらでは『わつ』とばかりにどうど伏し、声をはかりに嘆きしは、目も当てられぬ次第なり。郷右衛門突立ち上がり、「これこれ老母、嘆かるゝは理りなれども、勘平が最期の様子、大星殿に詳しく語り、入用金手渡しせば満足あらん。首に掛けたるこの金は、婿と舅の七七日(なななぬか)。四十九日や五十両、合はせて百両百ケ日の追善供養、後懇ろに弔はれよ。さらば、さらば」「おさらば」と、見送る涙見返る涙、涙の浪の立ち帰る、人もはかなき次第なり。



祇園一力茶屋の段

 (花に遊ばゞ祇園あたりの色揃へ、東方南方北方西方、弥陀の浄土へ光ぴかぴか、光輝く色揃へ、わいわいのわいとな)「誰そ頼まう、亭主は居ぬか、亭主々々」「これは忙しいわ忙しいわ、どいつ様ぢや、どなた様ぢや。ヤ斧九太様、御案内とはけうといけうとい」「イヤ初めての御方を同道申した。きつう取り込みさうに見えるが、一つ上げます座敷があるか」「ござりますともござりますとも。今晩はかの由良大尽の御趣向で、名ある色達を掴み込み、下座敷は塞がつてござりますれど、亭座敷が明いてござります」「そりやまた蜘蛛の巣だらけであらう」「また悪口を」「イヤ、良い年をして女郎の蜘蛛の巣にかゝらまい用心」「コレハきついわ。下には置かれぬ二階座敷、ソレ灯を灯せ仲居共」「アイアイ」「何と伴内殿、由良助が体御覧じたか」「九太夫殿、ありやいつそ気違ひでござる。段々貴殿より御内通あつても、あれ程にあらうとは、主人師直も存ぜず、拙者に罷り上つて見届け、心得ぬ事あらば、早速に知らせよと申し付けましたが、テさて我(が)も偏私(へんし)も折れましてござる。伜力弥めは何と致しましたな」「こいつも折節この所へ参り共に放埒。差し合ひくらぬが不思議の一つ。今晩は底の底を探り見んと心巧みを致して参つた。密々にお話し申さう。いざ二階へ」「まづまづ」「しからば、かうお出で」(蓬莱や、聞かばや伊勢の初便り、こちの便りを松葉町、夕告げ鳥のしどけなく)「弥五郎殿、喜多八殿。これが由良助殿の遊び茶屋、一力と申すのでござる。誰そちよと頼みたい」「アイアイどなさんぢやえ」「イヤ、我々は大星殿に用事あつて参つた。奥へ往て言はうには、『矢間十太郎、千崎弥五郎、竹森喜多八でござる。この間より節々迎ひの人を遣はしますれども、お帰りのない故、三人連れで参りました。ちと御相談申さねばならぬ儀がござる程に、お逢ひなされて下され』と、きつと申してくりやれ」「それは何とも気の毒でござんす。由良さんは三日この方飲み続け、お逢ひなされてから他愛はあるまい。本性はないぞえ」「テさてマア、さう言ふておくりやれ」「アイアイ」「弥五郎殿、お聞きなされたか」「承つて驚き入りました。初めの程は敵へ聞かする計略と存じましたが、いかう遊びに実が入り過ぎまして、合点が参らぬ」「何とこの喜多八が申した通り、魂が入れ替つてござろうがの。いつそ一間へ踏込み」「アヽイヤイヤ、とくと面談致した上」「成程、しからばあれにて待ちませう」「手の鳴る方へ、手の鳴る方へ」「捕らまよ、捕らまよ」「由良鬼や待たい、由良鬼や待たい」「捕らまへて酒飲まそ、捕らまへて酒飲まそ。コリヤ捕らまへたわ。サヽ酒々、銚子持て、銚子持て」「イヤコレ由良助殿、矢間十太郎でござる。こりや何となさるゝ」「南無三宝、仕舞うた」「オヽ気の毒、何と栄さん、ふし食た様なお侍さん方、お連れさんかいな」「さあれば、お三人とも恐い顔して」「イヤコレ女郎達、我々は大星殿へ用事あつて参つた。暫く座を立つて貰ひたい」「そんな事でありそなもの。由良さん、奥へ行くぞえ、お前も早うお出で。皆さんこれにえ」「由良助殿、矢間十太郎でござる」「竹森喜多八でござる」「千崎弥五郎御意得に参つた」「御目、覚まされませう」「これは打ち揃うてようお出でなされた。ガ何と思うて」「鎌倉へ打立つ時候は、何時頃でござるな」「さればこそ。大事の事をお尋ねなれ。かの丹波与作が歌に、江戸三界へ行かんして、ハヽヽヽヽ、御免候へ、たわいたわい」「ヤア酒の酔に本性違はず」「性根が付かずば三人が」「酒の酔ひを」「醒まさせませうかな」「ヤレ聊爾なされまするな。憚りながら平右衛門め、それへ参つて只一言、申し上げたき儀がごわります。暫く、暫く、暫く暫く、お控へ下さりませう。御家老様、寺岡平右衛門めでごわります。御機嫌の体を拝しまして、如何ばかり大悦に存じ奉ります」「フウ、寺岡平右衛、寺岡平右衛とは、エヽ何でえすか。前かど北国へお飛脚に行かれた、足の軽い足軽殿か」「ネイ、ネイ、左様でごわります。殿様の御切腹を北国にて承りまして、南無三宝と宙を飛んで帰りまする道にて、早御家も召し上げられ、一家中も散り散り、と承つた時の無念さ。奉公こそ足軽なれ、御恩は変らぬ御主の仇。おのれ師直めを一討ちと鎌倉へ立ち越え、三ケ月が間非人となつて付け狙ひましたれども、敵は用心厳しく近寄る事も叶ひませず、所詮どん腹かつさばかん、とは存じましたが、国元の親の事を思ひ出しまして、すごらすごら帰りました。所に、天道様のお知らせにや、いづれも様方の一味連判」「ゴホン、ゴホン、ゴホン」「石碑、御建立の様子を承りまして、ヤレ嬉しや有難やと、取る物も取り敢へず、あなた方の御旅宿を訪ね、ひたすらお頼み申し上げましたれば、『ム、出かいた、うい奴ぢや。お頭へ願つてやろ』とお詞に縋り、これまで推参仕りました。サ師直屋敷の」「アヽ来いよ、来いよ、来いよ。コレ」「ネイ」「コレ」「ネイ」「コーレ」「ネーイ」「其元は足軽ではなうて、大きな口軽ぢやの。何と太鼓持ちなされぬか。尤もみたくしも、蚤の頭を斧(よき)で割つた程無念なとも存じて、四五十人一味を拵へて見たが、味な事の。よう思うてみれば、仕損じたらこの方の首がころり、仕畢せたら後で切腹。どちらでも死なねばならぬといふは、人参飲んで首括る様なもの。殊に其元は五両に三人扶持の足軽」「それはあんまり」「サヽお腹は立てられな、お腹は立てられな、アハヽヽヽヽ。はつち坊主の報謝米程取つてゐて、命を捨てゝ敵討ちせうとは、そりや青海苔貰うた礼に太々神楽を打つ様なもの。我等知行ウーイ千五百石、貴様と比べると敵の首を斗升で量る程取つても釣り合はぬ、ヤ釣り合はぬ。所で、やめた」「エヽ」「ナ、聞こえたかえ、聞こえたかえ。とかく浮世は、コレ、コレ、かうした物ぢや、ツヽテン、ツヽテン、チンチンチンツンシヤン、なぞと弾きかけた所はたまらぬハヽヽヽヽ、ヤたまらぬですわいワハヽヽヽヽ」「これは由良助様のお詞とも覚えませぬ。わづか三人扶持取る拙者めでも、千五百石の御自分様でも、繋ぎましたる命は一つ、御恩に高下(こうげ)はござりませぬ。押すに押されぬは御家の筋目、殿の御名代もなされまするお歴々様方の中へ、見る影もねえ私めが、差し加へてとお願ひ申すは、憚りとも慮外とも、ほんの猿が人真似。お草履を掴んでなり共、お荷物をヤツと担いでなり共参りませう。御供に召し連れられて、由良助様、御家老様、どうか御供に召し連れられて、これはしたり、寝てござるさうな」「コレサ平右衛門、あつたら口に風邪ひかすまい。由良助は死人も同然、矢間殿、千崎殿、もう本心は見えましたか。申し合はせた通り計らひませうか」「いか様、一味連判の者共への見せしめ。イザいづれも」と立ち寄るを、「ヤレ暫く」と平右衛門、押し宥め、傍に寄り、「つくづく思ひ廻しますれば、御主君にお別れなされてより、仇を報はんと様々の艱難。木にも萱にも心を置き、人の謗り無念をばぢつと堪へてござるからは、御酒でも無理に参らずば、これまで命も続きますまい。醒めての上の御分別」と、無理に押へて三人を、伴ふ一間は善悪の、明りを照らす障子の内、影を隠すや、 月の入る。山科よりは一里半、息を切つたる嫡子力弥、内を透かして正体なき父が寝姿、起こすも人の耳近しと、枕元に立ち寄つて、轡に代はる刀の鍔音、鯉口ちやつと打ち鳴らせば、「お松、お竹は居らぬか。水を持つて来いよ、水を持つて来いよ、誰れも居らぬと見える。どれどれ、庭を降りてチト酔ひを醒ましてかうか、ウーイ。ヤア力弥か、鯉口の音響かせしは急用あつてか、密かに密かに」「只今御台顔世様より急の御飛脚密事の御状」「他に御口上はなかつたか」「敵高」「コリヤ、敵と見へしは群れ居る鴎、時の声と聞こへしは、浦風なりけり高松の。大きな声ぢや、密かに密かに」「敵高師直、帰国の願ひ叶ひ、近々本国へ罷り帰る。委細の儀は御文との御口上」「よし、よし。その方は宿へ帰り、夜の中に迎ひの駕篭。行け、行け」「ハヽツ」『ハツ』とためらふ隙もなく、山科さして引返す。「まづ様子気遣ひ」と、状の封じを切る所へ、「大星殿、由良助殿、斧九太夫でござる。御意得ませう」「ヤこれは久しや久しや。一年も逢はぬうち、寄つたぞや、寄つたぞや。額にその皺伸ばしに御出でか、アノこゝな、筵(むしろ)破りめが」「アヽイヤ由良助殿、大功は細瑾(さいきん)を顧みずと申すが、人の謗りも構はず遊里の遊び。大功を立つる基、天晴れの大丈夫、末頼もしう存ずる」「ホヽウ、これは堅いわ堅いわ。石火矢と出かけた。さりとては置かれい、置かれい」「イヤ由良助殿、とぼけまい。まこと貴殿の放埒は」「敵を討つ術と見えるか」「おんでもない事」「ヤ忝い。四十に余つて色狂ひ、馬鹿者よ、気違ひよと、笑はれうかと思うたに、敵を討つ術とは。九太夫殿、ホヽ嬉しい、嬉しい」「スリヤ其元は、主人塩谷の仇を報ずる所存はないか」「けもない事けもない事。家国を渡す折から、城を枕に討死と言ふたのは、ありや御台様への追従(ついしょう)。時に貴様が、朝敵同然と、その場をついと立つた。我等は後に、かうしやち張つてゐた。いかいたはけの。所で仕舞は付かず、御墓へ参つて切腹と、裏門から、ヤこそこそこそ。今この安楽な楽しみするも貴殿のお陰。昔のよしみは忘れぬ、忘れぬ。堅みを止めて、コリヤ砕けをれ、砕けをれ」「いか様、この九太夫も昔思へば信太の狐。クワイ、化け顕はして一献酌まうか畜生めハヽヽヽヽヽ。サヽ由良殿、久しぶりだ御盃」「また頂戴と会所めくのか」「差しをれ、飲むわ」「飲みをれ、差すわ」「ちやうど受けをれ肴をするわ」と、傍に在りあふ蛸肴、挟んでずつと、「手を出して、足を戴く蛸肴。忝ない」と戴いて喰はんとする手をぢつと捕へ、「コレ由良助殿、明日は主君塩谷判官の御命日。取分け逮夜が大切と申すが、見事その肴、貴殿は食ふか」「食べるとも食べるとも。但し主君塩谷殿が、蛸になられたといふ便宜(びんぎ)があつたか」「ム」「エヽ愚痴な人ではあるぞ。こなたや俺が浪人したは、判官殿が無分別から。スリヤ恨みこそあれ精進する気、微塵もごあらぬ。御志の肴、賞翫(しょうかん)致す」と、何気なもくたゞ一口に味はふ風情、邪智深き九太夫も、呆れて、「サテこの肴では飲めぬ飲めぬ。鶏締めさせ鍋焼きさせん。其元も奥へ御出で。女郎共、歌へ、歌へ。足元もしどろもどろの浮拍子、テレツクテレツクツヽテンテン」「おのれ末社共、めれんになさで置くべきか」と、騒ぎに紛れ、入りにける。始終を見届け鷺坂伴内、二階より降り立つて、「九太夫殿、子細とつくと見届け申した。主の命日に精進さへせぬ根性で、敵討ち存じも寄らず。この通り主人師直へ申し聞け、用心の門を開かせませうか」「成程、最早御用心に及ばぬ事」「コレサ、まだこゝに刀を忘れて置きました」「ほんに誠に。大馬鹿者の証拠、嗜みの魂見ませうかな」「見ませう見ませう。ヤレ九太夫殿、貴殿は鞘の方をお持ちなされ。拙者は鍔のおかるの方を持つて、ヒイフウミツの拍子を以て抜きませう。それは宜しふござるか」「宜しふござる」「ヒイフウミツ」「さて錆びたりな赤鰯」「猫がおらいで仕合はせでござるわ、ハヽヽヽヽヽ」「いよいよ本心顕はれ御安堵々々々。九太夫が家来、迎ひの駕篭」『ハツ』と答へて持ち出づる、「サア伴内殿、お召しなされ」「まづ御自分は老体、平に、平に」「然らば御免」と乗り移る。「イヤナニ九太夫殿、承はればこの所に、勘平が女房が勤めてをると聞きました。ガ貴殿には御存知ないか、九太夫殿、九太夫殿」と、言へど答へず『コハ不思議』と、駕篭の簾を引き開くれば、内には手頃の庭の飛石、「コリヤどうぢや、九太夫は松浦佐用姫(まつらさよひめ)をやられた」と見廻すこなたの縁の下より、「コレ、コレ伴内殿、こゝでござる」「九太夫殿、どこでござる」「こゝでござる」「どこでござる」「こゝ」「どこ、どこ、どこ。ヤコレハコレハ、九太夫殿には結構な所へ、御転宅召されたな」「九太夫が駕篭抜けの計略は、最前力弥が持参せし書簡が心許なし。様子見届け後より知らさん。矢張り我等が帰る体にて、貴殿はその駕篭に引添うて」「合点々々」と頷き合ひ、駕篭には人のある体に、見せてしづしづ立ち帰る。

折に二階へ、勘平が妻のおかるは酔ひ醒まし、早廓馴れて吹く風に、憂さを晴らしてゐる所へ。「ちよと往て来るぞや。由良助ともあらう侍が、大事の刀を忘れて置いた。つい取つて来るその間に、掛物も掛け直し、炉の炭もついで置きや。アヽそれそれ、こちらの三味線踏み折るまいぞ。これはしたり、九太はもふ去なれたさうな」(父よ母よと泣く声聞けば、妻に鸚鵡のうつせし言の葉、エヽ何ぢやいなおかしやんせ)辺り見廻し由良助、釣燈篭の明りを照らし、読む長文は御台より敵の様子細々と、女の文の後や先、参らせ候ではかどらず、余所の恋よと羨ましく、おかるは上より見下ろせど、夜目遠目なり字性も朧ろ、思ひ付いたる延べ鏡、出して写して読み取る文章、下屋よりは九太夫が、繰り下ろす文月影に、透かし読むとは、神ならず、ほどけかゝりしおかるが簪(かんざし)、バツタリ落つれば、下には『ハツ』と見上げて後へ隠す文、縁の下にはなほ笑壷、上には鏡の影隠し、「由良さんか」「おかるか。そもじはそこに何してぞ」「アイ、わたしやお前に盛り潰され、あんまり辛さの酔ひ醒まし。風に吹かれてゐるわいな」「ムウ、ハテなう。よう風に吹かれてぢやの。イヤかる、ちと話したい事がある。屋根越しの天の川でこゝからは言はれぬ。ちよつと下りてたもらぬか」「話したいとは、頼みたい事かえ」「マアそんなもの」「廻つて来やんしよ」「アヽイヤイヤ、段梯子へ下りたらば、仲居が見つけて酒にせう。アヽどうせうな。アヽコレコレ、幸ひこゝに九つ梯子、これを踏まへて下りてたも」と、小屋根に掛ければ、「この梯子は勝手が違うて、オヽ恐。どうやらこれは危いもの」「大事ない、大事ない。危ない恐いは昔の事、三間づゝまたげても赤膏薬も要らぬ年輩」「阿呆言はしやんすな。船に乗つた様で恐いわいな」「道理で、船玉様が見える」「エヽ覗かんすないな」「洞庭の秋の月様を、拝み奉るぢや」「イヤモ、そんなら降りやせぬぞえ」「降りざ降ろしてやろ」「アレまだ悪い事を、アレアレ」「喧しい、生娘か何ぞの様に、逆縁ながら」と後より、ぢつと抱きしめ、抱き降ろし。「何とそもじは、御覧じたか」「アイ、いいえ」「見たであろ、見たであろ」「何ぢややら面白さうな文」「アノ、上から皆読んだか」「オヽくど」「アヽ身の上の大事とこそはなりにけり」「ホヽヽヽ、何の事ぢやぞいな」「何の事とはおかる、古いが惚れた、女房になつてたもらぬか」「おかんせ、嘘ぢや」「サ嘘から出た真でなければ根が遂げぬ。応と言や、応と言や」「イヤ、言ふまい」「なーぜ」「サお前のは嘘から出た真ぢやない。真から出た皆嘘」「おかる、請け出さう」「エヽ」「嘘でない証拠に、今宵の中に身請けせう」「イヤ、わしには」「間夫(まぶ)があるなら添はしてやろ」「そりやマアほんかえ」「侍冥利。三日なり共囲うたら、それからは勝手次第」「エヽ嬉しうござんす、と言はして置いて、笑おでの」「イヤ、直ぐに亭主に金渡し、今の間に埒させう。気遣ひせずと待つてゐや」「そんなら必ず待つてゐるぞえ」「金渡して来る間、どつちへも行きやるな。女房ぢやぞ」「それもたつた三日」「それ合点」「エヽ忝うござんす」「どりや、金渡して来うか」(世にも因果な者ならわしが身よ、可愛い男に幾瀬の思ひ、エヽ何ぢやいなおかしやんせ。忍び音に鳴く小夜千鳥)「アヽ騒ぐは騒ぐは。流石は花の祇園町、面白さうに歌いをるは。アヽ何とやら、ム、入相の鐘は廓の夜明けかな、とはよく言つたものだなアハヽヽヽヽ。ヤそれはさうと妹に逢ひてえもんだが。ム幸ひの女中、ちとお尋ね申さうは、この内へ山崎辺からかるといふ女が勤めに来て居る筈だが、お前には御存知ねえか」「エヽ何ぢや知らぬが、用があるなら勝手へ往て問うて下さんせ」「サア、さうは思つたが、勝手も何かゴタゴタと忙しさうだ。さう言はずと、御存知ならどうか教えてくれろ」「エヽ知らぬわいな」「これはしたり、すげねえ女だな、さう言はずとちよつと教えてくれろ、御女中、どうか教えてくれろ、わりや妹でねえか」「お前は兄様、恥しい所で逢ひました」と顔を隠せば、「苦しうない、苦しうない。関東よりの戻りがけ、母人に逢うて詳しく聞いた。お主の為、夫の為、よく売られた。ムヽでかいた、でかしたナア」「さう思ふて下さんすりや、わしや嬉しい。したがまあ喜んで下さんせ。思ひがけなう今宵請け出さるゝ筈」「それは重畳(ちょうぢょう)。シテ何人のお世話で」「お前も御存知の大星由良助様のお世話で」「何ぢや、由良助殿に請け出される。それは下地からの馴染みか」「なんのいな。この中より二三度酒の相手、夫があらば添はしてやろ、暇が欲しくば暇やろと、モ結構過ぎた身請け」「さてはその方を早野勘平が女房と」「イエ、知らずぢやぞえ。親夫の恥なれば、明かして何の言ひませう」「ムウ、すりや本心放埒者。お主の仇を報ずる所存なねえに極まつたな」「イエイエ、これ兄様、あるぞえ、あるぞえ」「あるとは何が」「サア、高うは言はれぬ。コレ、かう、かう」と、囁けば、「待て、待て、待て待て、ソーレ」「アー」「ムウ、すりやその文確かに見たな」「残らず読んだその後で、互ひに見合はす顔と顔。それからぢやらつき出して、つい身請けの相談」「アノ、その文残らず読んだ後で」「アイナア」「ムウ、それで聞こえた。妹、とても遁れぬそちが命、身どもにくれよ」と抜き打ちに、はつしと切れば、ちやつと飛び退き、「コレ兄様、わしには何誤り。勘平といふ夫もあり、きつと二親あるからは、こな様の儘にもなるまい。請け出されて親夫に、逢はうと思ふがわしや楽しみ。どんな事でも謝らう、許して下んせ、許して」と、手を合はすれば平右衛門、抜身を捨てゝ、「可愛や妹、わりや何も知らねえな。親与市兵衛殿は六月廿九日の夜、人に切られてお果てなされた」「ヤア、それはマア」「コリヤ、びつくりするな、びつくりするな。まだ後にびつくりの親玉があるわい。われが請け出されて添はうと思ふ勘平はな」「勘平さんは」「その勘平は」「勘平さんは」「勘平は、勘平で、やつぱり勘平だわい」「エヽ何の事ぢやぞいな。エヽ聞こえた、そんならあの勘平殿にはよい女房さんでも出来たのかえ」「エヽイ、そんな陽気な事ちやねえわい」「そんなら兄さん、勘平殿はえ」「その勘平はな、腹を切つて死んだわやい」「エヽ、オヽ、ムヽヽヽ」「アヽ道理だ道理だ、その驚きは尤もだ。ガこれには、何だ、様子のある、アヽしまつた、コリヤ妹が目を廻した、てつきりさうであらふと思ふた。アヽ仲居衆、仲居衆、女郎が目を廻した、水を持つて来てくれろ、水を持つて来てくれろ。エヽ誰も居ねえと見える、幸いの手水鉢、アヽ水を今くれるぞ。ソーリヤ水だ。おかるやーい、妹やーい、気が付いたか、気が付いたか」「オヽ兄さん」「オヽ兄だ、平右衛門だ、面を見ろ面を」「コレ兄さん、勘平さんはどうさしやんしたえ」「チエヽ情けねえ、又尋ねるのかやい。その勘平はな、友朋輩の面晴れに、腹を切つて死んだわやい」「ヤアヤアヤアそれはマアほんかいの。コレのうのう」と取り付いて、「コレ兄さん」「ムヽ」「どうせう」「道理だ」「どうせう」「道理だ」「どうせうどうせう、どうせうぞいなあ」「尤もだわやい、尤もだわやい。様子話せば長い事、お痛はしいは母者人、言ひ出しては泣き、思ひ出しては泣き、娘かるに聞かしたら泣き死にかなするであろ、必ず言つてくれなとのお頼み。言ふまいとは思へども、とても遁れぬそちが命。サその訳は、忠義一途に凝り固まつた由良助殿、勘平が女房と知らねば請け出す義理もなし。ガもとより色にはなほ耽けらず、見られた状が一大事、請け出だし刺し殺す思案の底と、確かに見えた。よしさうのうても壁に耳、他より洩れてもその方が科、密書を覗き見たるが誤り、殺さにやならぬ。人手に掛けよりわが手に掛け、大事を知つたる女、妹とて許されずと、それを功に連判の、数に入つて御供に立たん。小身者の悲しさは、人に勝れた心底を、見せねば数には入れられぬ。聞き分けて命をくれ、死んでくれ、妹」と、事を分けたる兄の詞、おかるは始終せき上げ、せき上げ、「便りのないは身の代を、役に立てゝの旅立ちか、暇乞ひにも見へそなものと、恨んでばつかりをりました。勿体ないが父さんは非業の死でもお年の上。勘平殿は三十になるやならずに死ぬるのは、さぞ悲しかろ、口惜しかろ、逢ひたかつたであらうのに、何故逢はせては下さんせぬ。親夫の精進さへ知らぬは私が身の因果、何の生きてをりませう。御手に掛からば母さんがお前をお恨みなされましよ。自害したその後で、首なりと死骸なりと功に立つなら功にさんせ。さらばでござる兄さん」と、言ひつゝ刀取り上ぐる、「ヤレ待て暫し」と止むる人は由良助、『ハツ』と驚く平右衛門、おかるは、「放して殺して」と、焦るを押へて、「ホウ、兄妹共見上げた疑ひ晴れた。兄は東の供を許すぞ」「ハヽア」「妹はながらへて、未来への追善」「サア、その追善は冥途の供」と、もぎ取る刀をしつかと持ち添へ、「夫勘平連判に加へしかど、敵一人も討ち取らず、未来で主君に言訳あるまじ。その言訳はコリヤこゝに」と、ぐつと突込む畳の隙間、下には九太夫肩先縫はれて七転八倒、「それ引き出だせ」の、下知より早く平右衛門、朱に染んだ体をば無二無三に引き摺り出し、「ヤア九太夫め、テ良い気味」と引立てゝ、目通りへ投げ付くれば、起き立たせもせず由良助、髻を掴んでぐつと引き寄せ、「獅子身中の虫とは己れが事。我が君より高知を頂き、莫大の御恩を着ながら敵師直が犬となつて、ある事ない事よう内通ひろいだな。四十余人の者共は、親に別れ子に離れ、一生連れ添ふ女房を君傾城の勤めをさするも、亡君の仇を報じたさ。寝覚めにも現(うつつ)にも、御切腹の折からを思ひ出しては無念の涙、五臓六腑を絞りしぞや。取り分け今宵は殿の逮夜、口に諸々の不浄を言ふても、慎みに慎みを重ぬる由良助に、よう魚肉を付き付けたな。否と言はれず応と言はれぬ胸の苦しさ。三代相恩の御主の逮夜に、喉を通したその時の心、マどの様にあらうと思ふ。五体も一度に悩乱し、四十四の骨々を砕くる様にあつたわやい。チエヽ獄卒め、魔王め」と、土に摺り付け捻ぢ付けて、無念涙にくれけるが。「ソーレ平右衛門」「ヘーイ」「喰らひ酔うたその客に、加茂川でナ」「いかゞ計らひませう」「水雑炊を喰らはせい」「ハヽア」「行け」「ヤ、シテカイナ」



道行旅路の嫁入

浮世とは誰がいひ初めて飛鳥川。ふちも知行も瀬とかはり、よるべも浪の下人に結ぶ塩谷の誤りは、恋のかせ杭加古川の、娘小浪が許婚結納も取らずそのままにふりすてられし物思ひ、母の思ひは山科の婿の力弥を力にて、住家へ押して嫁入りも、世にありなしの義理遠慮。腰元連れず乗物もやめて親子の二人連れ。都の空に志す雪の肌も寒空は、寒紅梅の色添ひて、手先覚へず凍え坂。薩垂峠にさしかかり、見返れば富士の煙の空に消へ、行方も知れぬ思ひをば晴らす嫁入の門火ぞと祝ふて三保の松原につづく。並松街道を狭しと打つたる行列は誰と知らねどうらやまし。アヽ世が世ならあの如く。一度の晴と花かざり伊達をするがの府中過ぎ。城下。過ぐれば気散じに母の心もいそ/\と二世の盃済んで後閨の睦言私言(むつごとささめごと)。親知らず子知らずと蔦の細道もつれ合ひ男松の肌にひつたりとしめてかためし新枕。女夫が中の若緑、抱いて寝松の千代かけて、変るまいぞの睦言は嬉しからうとほのめけば、アノ母様の差合ひを脇へこかして鞠子川。宇津の山辺の現にも、夢にも早う大井川水の流れと人心、都の花に比ぶれば、日蔭の紅葉色づいて、つひ秋が来てさ男鹿の妻故ならば朝夕に辛苦するのもなんのその。この手柏のうら若き二人が中にやや産んで、ねん/\ころろんや、ねんねが守はどこへ行た。どことは知れたその人に逢ふて恨みをなんとまあ、どう言ふてよからうと、しんき島田のうさはらし。我が身の上を。かくとだに。人しらすかの橋越へて行けば吉田や赤坂の。招く女の声揃へ√縁を結ばば、清水寺へ参らんせ。音羽の滝にざんぶりざ、毎日さう言ふて拝まんせ。さうじやいな、ししきがんかうがかいれいにうきう。神楽太鼓にヨイコノエイ、こちの昼寝を覚まされた。都殿御に逢ふて辛さが語りたや。ソウトモ/\。もしも女夫とかかさまならば伊勢さんのひきあはせ 鄙びた歌も。身にとりてよい吉相になるみ潟。熱田の社あれかとよ。七里の渡し帆を上げて艪拍子揃へてヤツシツシ。舵取る音は。鈴虫かいや、きりぎりすなくや霜夜と詠みたるは、小夜更けてこそくれ迄と、限りある舟急がんと母が走れば、娘も走り空の霰に笠覆ひ舟路の友の後や先。庄野亀山せきとむる伊勢と吾妻の別れ道。駅路の鈴の鈴鹿越え、間の土山雨が降る。水口の端に言ひはやす石部石場で大石や、小石拾ふて我が夫となでつさすりつ手に据ゑて、やがて大津や三井寺の麓を越えて山科へ程なき里へ



雪転しの段

急ぎゆく。風雅でもなく、洒落でなく、しやう事なしの山科に由良助が侘住居。祇園の茶屋に昨日から雪の夜明し朝戻り、幇間仲居に送られて酒がほたえる雪転(こか)し。雪はこけいで雪こかされ。仁体捨てし遊びなり。「旦那、もうし旦那。お座敷の景ようござります。お庭の藪に雪持つてとなつたところ、とんと絵にかいた通り。けうといじやないかのうお品」「サアこの景を見て、外へはどつちへも行きたうござりますまいがな」「ヘツ朝夕に見ればこそあれ、住吉の岸の向ひの淡路島山といふ事知らぬか。自慢の庭でも家の酒は飲めぬ/\。エヽ通らぬ奴/\。サア/\奥ヘ奥へ。奥はどこにぞ、お客がある」と先に立つて飛石の、詞もしどろ、足取りもしどろに見ゆる酒機嫌。「お戻りさうな」と女房のお石が軽う汲んで出る、茶屋の茶よりも気の端香。「お寒からう」と悋気せぬ詞の塩茶酔ざまし、一口飲んであとうちあけ、「エヽ奥、無粋なぞや/\。折角面白う酔うた酒さませとは。アアヽヽ降つたる雪かな。いかによそのわろたちがさぞ悋気とや見給ふやらん。それ雪は打綿に似て飛んで中入りとなる。奥はかゝ様といへばとつと世帯じむといへり。加賀の二布(ふたの)ヘお見舞の遅いは御用捨。伊勢海老と盃。穴の稲荷の玉垣は、朱うなければ信がさめるといふやうなものかい。オイこれ/\/\こぶら返りぢや足の大指折つた/\。おつとよし/\。ついでにかうじや」と足先で、「アヽこれほたへさしやんすな嗜ましやんせ。酒がすぎると他愛がない。ほんに世話でござろうの」と物和かにあいしらふ。力弥心得奥より立出で、「もうし/\母人。親父様は御寝(ぎょし)なつたか。これを上げられい」と差出す親子が所作を塗分けても、下地は同じ桐枕。「オヽ/\」おうは夢現、「イヤもうみな往にやれ」「ハイ/\/\、そんならば旦那へよろしう。若旦那ちと御出でを」目遣ひでいに際悪う帰りける。声聞えぬまで行過ぎさせ、由良助枕を上げ、「ヤア力弥。遊興に事寄せまるめたこの雪。所存あつての事じやが何と心得たぞ」「ハア雪と申すものは降る時には少しの風にも散り、軽い身でござりませうとも、あの如く一致してまるまつた時は、峰の吹雪に岩をも砕く大石同然重いは忠義、その重い忠義を思ひまるめた雪も、あまり日数を延ばしすごしてはと思召しての」「イヤ/\、由良助親子、原郷右衛門など四十七人連判の人数は、みな主なしの日蔭者。日蔭にさへ置けばとけぬ雪、せく事はないといふ事。ここは日当り奥の小庭へ入れて置け。蛍を集め雪を積むも学者の心長き例。女ども、切戸内から開けてやりやれ。堺への状認めん。飛脚が来たらば知らせいよ」「アイ/\」間の切戸の内。雪こかし込み戸を立つる、襖



山科閑居の段

引立て入りにける人の心の奥深き山科の隠家を、訪ねてここに来る人は、加古川本蔵行国が女房戸無瀬。道の案内の乗物をかたへに待たせたゞ一人、刀脇差さすが実(げ)に行儀乱さず庵の戸口。「頼みませう/\」といふ声に、襷はずして飛んで出る、昔の奏者今のりん、「どうれ」といふもつかうどなる。「ハツ大星由良助様お宅はこれかな。さやうならば加古川本蔵が女房戸無瀬でござります。まことにその後は打絶えました。ちとお目にかかりたい様子につき、はる/\参りましたと伝へられて下され」と言ひ入れさせて、表の方。「乗物これヘ」と舁き寄せさせ、「娘ここヘ」と呼出せば、谷の戸あけて鶯の梅見付けたるほゝ笑顔。目深に着たる帽子のうち、「アノ力弥様のお屋敷はもうここかえ。わしや恥かしい」となまめかし。取散らす物片付けて、「まづお通りなされませ」と下女が伝へる口上に、「駕籠の者みな帰れ。サヽご案内頼みます」といふも、いそ/\娘の小浪、母に付添ひ座に直れば、お石しとやかに出で迎ひ、「これは/\、お二方ともようぞやお出で。とくよりお目にもかかる筈、お聞きおよびの今の身の上。お訪ねに預りお恥づかしい」「あの改まつたお詞。お目にかゝるは今日初めなれど先だつてご子息力弥殿に、娘小浪を許婚致したからは、お前なり私なりあひやけ同士。ご遠慮に及ばぬ事」「これは/\痛み入る御挨拶。ことに御用繁い本蔵様の奥方、寒空といひ思ひがけない御上京。戸無瀬様はともあれ小浪御寮、さぞ都珍しからう。祇園、清水、智恩院、大仏様御覧じたか。金閣寺拝見あらばよいつてがあるぞえ」と心置きなき挨拶に、ただ、「あい/\」も口のうち、帽子まばゆき風情なり。戸無瀬は行儀改めて、「今日参る事余の儀に非ず。これなる娘小浪許婚致して後、御主人塩谷殿不慮の儀につき由良助様、力弥殿御在所も定かならず。移り変るは世の習ひ。変らぬは親心とやかくと聞合せ、この山科にござる由承りました故、この方にも時分の娘、早うお渡し申したさ。近頃押付けがましいが、夫も参る筈なれど出仕に隙のない身の上、この二腰は夫が魂。これを差せばすなはち夫本蔵が名代と私が役の二人前。由良助様にも御意得まし、祝言させて落着きたい。幸ひ今日は日柄もよし、御用意なされ下さりませ」と相述ぶる。「これは思ひも寄らぬ仰せ。折悪う夫由良助は他行。さりながらもし宿におりましてお目にかかり申さうならば『御親切の段千万忝う存じまする。許婚致した時は、故殿様の御恩にあづかり、御知行頂戴致しまかりある故、本蔵様の娘御をもらひませう、しからばくれうと言ひ約束は申したれども、ただ今は浪人、人遣ひとてもござらぬ内へ、いかに約束なればとて、大身な加古川殿の御息女。世話に申す提灯に釣鐘、釣合はぬは不縁のもと。ハテ結納(たのみ)を遣はしたと申すではなし、どれへなりと外々へ御遠慮なう遣はされませ』と申さるるでござりませう」と聞いてはつとは思ひながら、「アノまあお石様のおつしやる事。いかに卑下なされうとて本蔵と由良助様、身上が釣合はぬとな。そんならば申しませう。手前の主人は小身故家老を勤むる本蔵は五百石。塩谷殿は大名、御家老の由良助様は千五百石。すりや本蔵が知行とは、千石違ふを合点で許婚はなされぬか。ただ今は御浪人。本蔵が知行とはみな違うてから五百石」「イヤそのお詞違ひまする。五百石はさて置き、一万石違うても心と心が釣合へば、大身の娘でも嫁にとるまいものでもない」「こりや聞き所お石様。心と心が釣合はぬとおつしやるは、どの心じやサア聞かう」「主人塩谷判官様の御生害、御短慮とはいひながら正直を本とするお心より起りし事。それにひきかへ師直に金銀を以てこびへつらふ追従武士の禄を取る本蔵殿と、二君に仕へぬ由良助が大事の子に釣合はぬ女房は持たされぬ」と聞きもあへず膝立て直し、「へつらひ武士とは誰が事。様子によつては聞捨てられぬ。がまあそこを赦すが娘の可愛さ。夫に負けるは女房の常。祝言あらうがあるまいが、許婚あるからは天下晴れての力弥が女房」「ムヽ面白い。女房ならば夫が去る。力弥に代つてこの母が去つた。去つた。」と言ひ放し、心隔ての唐紙をはたと引立て入りにける。娘はわつと泣出し、「折角思ひ思はれて許婚した力弥様に、逢はせてやろとのお詞を頼りに思ふて来たものを。姑御の胴欲に去られる覚えわたしやない。母様どうぞ詫言して祝言させて下さりませ」とすがり歎けば、母親は娘の顔をつく/\と打眺め打眺め、「親の欲目か知らねども、ほんにそなたの器量なら十人並にもまさつた娘。よい婿をがなと詮議して許婚した力弥殿。訪ねて来た甲斐もなう、婿にも知らさず去つたとは、義理にもいはれぬお石殿。姑去りは心得ぬ。ムウ/\さては浪人の身のよるべなう筋目を言ひ立て、有徳な町人の婿になつて義理も法も忘れたな。ノウ小浪今いふ通りの男の性根。去つたといふを面当欲しがる所は山々。ほかへ嫁入りする気はないか。大事のところ、泣かずともしつかりと返事しや。コレどうぢや/\」と尋ねる親の気は張弓。「アノ母さまの胴欲な事おつしやります。国を出る折父さまのおつしやつたは、浪人しても大星力弥、行儀といひ器量といひ幸せな婿を取つた。貞女両夫に見(まみ)えず、たとへ夫に別れてもまたの殿御を設けなよ。主ある女の不義同然、必ず/\寝覚めにも殿御大事を忘るるな。由良助夫婦の衆ヘ孝行つくし、夫婦仲睦じいとてあじやらにも、悋気ばしして去らるるな。案ぜうかとて隠さずと、懐妊(みもち)になつたら早速に知らせてくれとおつしやったをわたしやよう覚えている。去られて往んで父様に苦に苦をかけてどう言ふてどう言訳があらうとも、力弥様よりほかに余の殿御、わしやいや/\」と一筋に恋をたてぬく心根を、聞くに堪えかね、母親の涙一途に突詰めし覚悟の刀抜放せば、「母さまこれは何事」と押留められて顔を上げ、「何事とは曲がない。今もそなたがいふ通り一時も早う祝言させ、初孫の顔見たいと、娘に甘いは父(てて)の習ひ。喜んでござる中へまだ祝言もせぬ先に、去られて戻りましたとてどう連れて往なれうぞ。といふて先に合点せにや、しやうもやうもないわいの。ことにそなたは先妻の子。わしとはなさぬ仲ぢや故およそにしたかと思はれては、どうも生きてはゐられぬ義理。この通りを死んだ後で父御へ言訳してたもや」「アノもつたいない事おつしやります。殿御に嫌はれわたしこそ死すべき筈。生きてお世話になる上に苦を見せまする不孝者。母さまの手にかけてわたしを殺して下さりませ。去られても殿御の家こゝで死ぬれば本望ぢや、早う殺して下さりませ」「オヽよう言やつた。でかしやつた。そなたばかり殺しはせぬ。この母も三途の供、そなたをおれが手にかけて母も追付け後から行く。覚悟はよいか」と立派にも涙とどめて立ちかかり、「コレ小浪。アレあれを聞きや、表に虚無僧の尺八、鶴の巣籠り。鳥類でさへ子を思ふに、科もない子を手にかけるは、因果と因果の寄合ひ」と思へば足も立ちかねて、震ふ挙をやう/\に振上ぐる刃の下。尋常に座を占め、手を合せ、「南無阿弥陀仏」と唱ふる中より、「御無用」と声かけられて思はずも、たるみし拳尺八も、ともにひつそと静まりしが。「オヽそふじや。いま御無用と止(とど)めたは、虚無僧の尺八よな。助けたいが山々で、無用といふに気後れし、未練なと笑はれな。娘覚悟はよいかや」とまた振上ぐるまた吹出す。とたんの拍子にまた「御無用」「ムヽまた御無用と止めたは、修行者の手のうちか振上げた手のうちか」「イヤお刀の手のうち御無用。倅力弥に祝言させう」「エヽさういふ声はお石様。そりや真実かまことか」と尋ぬる襖のうちよりも、「あひに相生の松こそ目出たかりけれ」と祝儀の小謡白木の小四方(じほう)。目八分に携へ出で、「義理ある仲の一人娘、殺さうとまで思ひつめた戸無瀬様の心底、小浪殿の貞女。志がいとほしさ、させにくい祝言さす。その代り世の常ならぬ嫁の盃、受取るはこの三方。御用意あらば」とさし置けば、少しは心休まりて、抜いたる刀鞘に納め、「世の常ならぬ盃とは引出物の御所望ならん。この二腰は夫が重代。刀は正宗、差添は浪の平行安。家にも身にも代へぬ重宝。これを引出」とみなまでいはさず、「イヤコレ浪人と侮つて価の高い二腰。まさかの時に売り払へといはぬばかりの婿引出。御所望申すはこれではない」「ムヽそんなら何が御所望ぞ」「この三方へは加古川本蔵殿のお首をのせて貰ひたい」「エヽそりやまたなぜな」「サイノ御主人塩谷判官様。高師直にお恨みあつて鎌倉殿で一刀に斬りかけ給ふ。その時こなたの夫加古川本蔵、その座にあつて抱き留め殿を支ヘたばつかりに、御本望も遂げられず、敵はやうやう薄傷(うすで)ばかり、殿はやみ/\御切腹。口ヘこそ出し給はね、その時の御無念は、本蔵殿に憎しみがかかるまいか。あるまいか。家来の身としてその加古川が娘、安閑と女房に持つやうな力弥じやと思ふての祝言ならば、コレこの三方へ本蔵殿の白髪首。いやとあればどなたでも、首を並ぶる尉(じやう)と嫗(うば)。それ見た上で盃させう。サヽヽいやか、おうかの返答を」と鋭き詞の理屈づめ。親子ははつとさしうつむき、途方に

暮れし折柄に、「加古川本蔵が首進上申す。お受取りなされよ」と表に控へし虚無僧の、笠脱ぎ捨ててしづ/\とうちへ入るは、「ヤアお前は父様」「本蔵殿。ここはどうして。このなりは合点がいかぬ。こりやどうぢや」と咎むる女房、「ヤアざわ/\と見苦しい。始終の仔細みな聞いた。そちたちに知らさずここへ来た。様子は追つてまず黙れ。イヤナニそこもとが由良助殿の御内証アアアヽヽヽお石殿よな。今日の仕儀かくあらんと思ひ、妻子にも知らせず様子をうかがふ加古川本蔵。案に違はず拙者が首、婿引出に欲しいとな。ハヽヽヽいやはやそれや侍のいふ事さ。主人の仇を報はんといふ所存もなく、遊興に耽り大酒に性根を乱し、放埓なる身持、イヤモ日本一の阿呆の鑑。蛙の子は蛙になる。親に劣らぬ力弥めが大だはけ。狼狽(うろたへ)武士のなまくら鋼、この本蔵が首は切れぬ。馬鹿つくすな」と踏み砕く。「割れ三方のふち放れ、こつちから婿にとらぬ。ちよこざいな女め」といはせも果てず、「ヤア過言なぞ本蔵殿。浪人の錆刀、切れるか切れぬか塩梅見せう。不肖ながら由良助が女房、望む相手じや。サア勝負、/\/\」と裾引上げ、長押にかけたる槍追取り、突きかからんずその気色、「これは短気な、マア待つて」と留め隔つる女房、娘。「コリヤ邪魔ひろぐな」と荒けなく右と、左へ引退くる、間(あひ)もあらせず突掛る、槍のしほくび引掴み、もぢつて払へば身を背向け、もろ足縫はんと閃めかす。刃背(はむね)を蹴つて蹴上ぐれば、拳放れて取落す。槍奪はれじと走り寄る、腰際帯際引掴み、どうと打付け動かせず、膝に引敷く豪気の本蔵。敷かれてお石が無念の歯がみ。親子はハア/\危ぶむ中へ、駆出る大星力弥。捨てたる槍を取る手も見せず、本蔵が右手(めて)のあばら、左手(ゆんで)ヘ通れと突通す。うんとばかりにかつぱと伏す。「コハ情なや」と母娘。取りつき歎くに、目もかけず、とどめ刺さんと取直す。「ヤア待て力弥。早まるな」と槍引留めて由良助。手負に向ひ、「一別以来珍しし本蔵殿。御計略の念願届き、婿力弥が手にかかつて、さぞ本望でござらうの」と星をさいたる大星が詞に、本蔵目を見聞き、「主人の欝憤を晴らさんとこのほどの心遣ひ、遊所の出合に気をゆるませ、徒党の人数は揃ひつらん。思へば貴殿の身の上はこの本蔵が身にあるベき筈。当春鶴が岡造営のみぎり、主人桃井若狭之助、高師直に恥しめられ、もつてのほか御憤り。それがしを密かに召され、まつかう/\の物語。明日御殿にて出くはせ一刀に討留むるとのコレ思ひつめたる御顔色。止めても止まらぬ若気の短慮。小身故に師直に、賄賂薄きを根に持つて恥しめたると知つたる故、主人に知らせず不相応の金銀衣服台の物、師直へ持参して心にそまぬへつらひも、主人を大事と存ずるから。賄賂おほせあつちから謝つて出た故に、斬るに斬られぬ拍子抜け。主人が恨みもさらりと晴れ、相手代つて塩谷殿の難儀となつたはすなはちその日。相手死なずば切腹にも及ぶまじと、抱き止めたは思ひ過ごした本蔵が一生の誤りは娘が難儀と、白髪のこの首、婿に進ぜたさ。女房、娘を先へのぼし、こびへつらひしを身の科にお暇を願うてなコリヤ道を変へてそち達より二日前に京着。若い折の遊芸が役にたつた四日のうち、こなたの所存を見抜いた本蔵、手にかかれば恨みを晴れ、約束の通りこの娘、力弥に添はせて下さらば未来永劫御恩は忘れぬ。コレ手を合はして頼み入る。忠義にならでは捨てぬ命。子故に捨つる親心。コレ/\推量あれ由良助殿」といふも涙にむせ返れば、妻や娘はあるにもあられず、「ほんにかうとは露知らず、死に遅れたばつかりに、お命捨つるはあんまりな。冥加のほどが恐しい。許して下され父上」とかつぱと伏して泣叫ぶ、親子が心思ひやり、大星親子三人も、ともにしをれて居たりしが、「ヤア/\本蔵殿君子はその罪を憎んでその人を憎まずといへば、縁は縁、恨みは恨みと、格別の沙汰もあるべきにとさぞ恨みに思はれんが、所詮この世を去る人。底意を明けて見せ申さん」と未然を察して奥庭の障子さらりと引開くれば、雪をつかねて石塔の五輪の形を二ツまで、造り立てしは大星がなり行く果てをあらはせり。戸無瀬はさかしく、「オヽ御主人の仇を討つて後、二君に仕へず消ゆるといふお心のアレあの雪。力弥殿もその心で娘を去つたの胴慾は、御不愍余つてお石様。恨んだがわしや悲しい」「アヽコレ/\戸無瀬様のおつしやる事、玉椿の八千代までとも祝はれず、後家になる嫁取つた、マこのような目出たい悲しい事はない。コレ/\/\かういふ事がいやさにナむごうつらう言ふたのが、さぞ憎かつたでござんしよのう」「イヽエイナわたしこそ腹立つまま、町人の婿になつて義理も法も忘れたかといふたのが恥づかしいやら悲しいやら、どうも顔が上げられぬお石様」「アこれ/\/\戸無瀬様。氏も器量もすぐれた子。何としてこのやうに果報つたない生れや」と声も涙にせき上ぐる。本蔵熱き涙をおさへ、「ハツアヽ嬉しやご本望や。呉王を諌めて誅せられ。辱かしめを笑ひし呉子胥が忠義はとるに足らず。忠臣の鑑とは唐土(もろこし)の予譲、日本の大星。昔よりいまに至るまで唐と日本にたつた二人。その一人を親に持つ力弥が妻になつたるは、女御更衣にそなはるより、百倍まさつてそちが身は、武士の娘の手柄者。手柄な娘が婿殿へお引の目録進上」と懐中より取出すを、力弥取つておし戴き、開き見ればコハ如何に、目録ならぬ師直が屋敷の案内。一一に玄関、長屋、侍部屋。水門、物置、柴部屋まで絵図に委しく書付けたり。由良助、はつと押戴き、「ヘツエありがたし/\。徒党の人数は揃へども敵地の案内知れざる故、発足もナこれ、これまでは延引せり。この絵図こそは孫呉が秘書。我がための六韜三略。かねて夜討と定めたれば、継梯子にて塀を越え、忍び入るには縁側の雨戸はづせば直ぐに居間。ここをしきつてコレ/\、コレ/\コレかう攻めて」と親子が喜び、手負ながらもぬからぬ本蔵、「イヤ/\それは僻言ならん。用心厳しき高師直、障子襖はみな尻差し。雨戸に合栓合枢(くろろ)。こぢては外れず大槌(かけや)にて、毀たば音して用意せんか。サヽヽそれいかが」「オヽそれこそ術(てだて)あれ。凝つては思案に能はずと、遊所よりの帰るさ。思ひ寄つたる前栽のアレ/\あの雪持つ竹。雨戸をはづす我が工夫。仕様をここにて見せ申さん」と庭に下りしも雪深く、さしもに強き大竹も、雪の重さにひいわりと、しはりし竹を引廻して鴨居にはめ、「雪にたはむは弓同然。コレこの如く弓を拵ヘ弦を張り、鴨居と敷居にはめ置きて、サヽヽヽ一度に切つて放つ時は、まつこのやうに」と積もつたる枝打払へば、雪散つて伸びるは直ぐなる竹の力。鴨居たはんで溝はづれ、障子残らずばたばた/\。本蔵苦しさ打忘れ、「ハヽヽヽウム、ハヽヽヽ、ウムハヽヽヽヽヽアしたり/\。計略といひ義心といひ、かほどの家来を持ちながら、了簡もあるべきに、浅きたくみの塩谷殿。口惜しき振舞ひや」と悔やむを聞くに、「御主人の御短慮なる御仕業。今の忠義を戦場のお馬先にて尽くさば」と思へば無念に閉ぢふさがる。胸は七重の門の戸を、洩るるは涙ばかりなり。力弥はしづ/\降り立つて、父が前に手をつかへ、「本蔵殿の寸志により、敵地の案内知れたる上は、泉州堺の天川屋義平方へも通達し、荷物の工面仕らん」と聞きもあへず、「なにさ/\、山科にある事隠れなき由良助。人数集めは人目あり。ひとまず堺へ下つて後あれから直ぐに発足せん。その方は母嫁戸無瀬殿もろともに、後の片付諸事万事何もかも、心残りのなきやうに。ナヽコリヤあすの夜舟に下るべし。我は幸ひ本蔵殿の忍び姿を我が姿」と袈裟打ちかけて、編笠に恩を戴く報謝返し。未来の迷ひ晴らさんため、「今宵一夜は嫁御寮ヘ」舅が情の恋慕流し。歌口しめして立ち出づれば、かねて覚悟のお石が歎き、「アヽこれもうし御本望を」とばかりにて名残り惜しさの山々を、言はぬ心のいぢらしさ。手負は今を知死期時、「父さま。もうし父さま」と呼べど、答へぬ断末魔。親子の縁も玉の緒も。切れて一世のうき別れ。わつと泣く母、泣く娘。ともに死骸に向ひ地の、回向念仏は恋無常。出で行く足も立ち留り、六字の御名を笛の音に、「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」これや尺八煩悩の枕並ぶる追善供養。閨(ねや)の契りは一夜ぎり。心残して立出づる。



天河屋の段

出で入るや、小舟大船入交り、荷揚げ荷積みの賑はしき境湊の夜は更けて、月の曇りに影隠す隣家も寝入る亥の刻過ぎ、空にまたたく天河の此家を目がけ捕手の人数十手早縄腰提灯、灯かげすかして窺ひ/\犬とおぼしき家来を招き、耳打すればさし心得門の戸せはしく打叩く「誰ぢや/\」も及び腰「イヤ宵にきた大船の船頭でござる、舟賃の算用が違うた、ちょっと開けて下され」「ハテ仰山な僅な事であろあす来た/\」「イヤ今夜浮ける船、仕切って貰はにや出されませぬ」と、いふも声高近所の聞えと、義平は立出で何心なく門の戸を、明くるとその儘「捕つた/\、動くな上意」と追取巻く「コハ何故」と四方八方、眼を配れば捕手の両人、「ヤア何故とは横道者、汝塩谷判官が家来大星由良助に頼まれ、武具馬具を買調へ大廻しにて鎌倉へ遣はす条、召捕り拷問せよとの御上意、遁れぬ所ぢや腕廻せ」「是は思ひも寄らぬお咎め、さやうの覚え聊かなし、定めしそれは人違へ」といはせもたてず、「ヤアぬかすまい争はれぬ証拠あり、ソレ家来ども」「はつ」と心得持来るは、宵に積んだるござ荷の長持、見るより義平は心も空、「ソレ動かすな」と四方の十手、その間に荷物を切解き、長持明けんとする所を、飛びかかつて下部を蹴退け「ヤア麁忽千万、この長持の内に入置いたは、さる大名の奥方より、お跳へのお手道具、お具足櫃の笑ひ本、笑ひ道具の注文までその名記し置いたれば、明けさしては歴々のお家のお名の出る事、ご覧あつてはいづれものお身の上にもかかはりませうぞ」「ヤアいよ/\胡乱者、なか/\大抵では白状致すまい、ソレ申合せた通り」「合点でござる」と一間へ駈入り、一つ子由松を引立て出で「サア義平、長持の内はともあれ、塩谷浪人一統に堅まり、師直を討取る密事の段々、汝よく知つらん、ありやうにいへばよし、いはぬと忽ち忰が身の上、コリヤ是を見よ」と抜刀、稚き咽に差付けられ、はつと思へど色も変ぜず、「ハヽヽヽヽ女童を責めるやうに、人質取つての御詮議か、いかに可愛い子なればとて、子にほだされ存ぜぬ事を存じたとはえ申さぬ、知らぬと云うたら金輪奈落地獄の責に逢ふとても、一言半句も申されぬわ」「テモ胴性骨の太い奴、管槍鉄砲くさりかたびら四十六本のしるし迄調へやつたる汝の知らぬと云うて云はしておかうか、白状せぬと一寸試し一分刻みに刻むが何と」「ヲヽ面白い刻まれう、武具は勿論、公家武家の冠烏帽子、下女小者が藁沓まで、買調へて売る人が商人、それを不思議とて御詮議あれば、日本に人種はあるまい、一寸試しも三寸縄も、商売故に取らるる命、惜しいとは思はぬ、忰も目の前で突け/\/\、摂津河泉の揚荷積荷、出船入船何百そう、湊町の町人の、男の中の男一匹、少しは知られた顔面、天河義平は ヘヽ男でござる」と、長持の、上にどっかと大磐石、いつかな動かぬ面魂。「テモ強情な不敵者。この上ははやこの忰、只一突き」と構へる切先、「ヤレ待て暫し」と、長持の中より呼ぶ声。コハ如何にと、思はず飛び退き身構ゆれば、ゆう/\として立出る大星由良助良金義平はびつくり捕人の面々、十手捕縄打捨ててはるか下つて座をしむる。威儀を正して由良助義平に向ひ手をつかへ、「サテ/\驚入つたる御心底、泥中の蓮、いさごの黄金の貴公と見込んで頼んだ一大事、この由良助は微塵聊か、お疑ひ申さねども、馴染近付きなき四十人余の中には、天河屋の義平は生れながらの町人、今にも捕はれ詮議にあはゞ如何あらん何とか云はん、殊に寵愛の一子もあれば子に迷ふは親心と評議まち/\、案じる胸も休まらぬ古朋輩の者どもへ安堵させん為、せまじき事とは存じながら右の仕合、麁忽の段は真平々々、百万騎の強敵は防ぐとも、左程に性根はすはらぬもの人ある中にも人なしと申せども、町家の中にもあればあるもの、静謐の世には賢者もあらはれず、ヘエヽ惜しいかな、悔しいかな、亡君御存生の折ならば、一方の旗大将、一国の政道をお預け申したとて惜しからぬ御器量、武骨の段真平」と畳に頭をこすりつける。「ヤレそれは御迷惑、お手あげられて下さりませ、私はもと軽い者、お国の御用承ってより、経上ったこの身代、判官様の様子承って共に無念、何卒この恥すすぎやうはないかと、町人づれにも及ばぬ心、いろ/\碎くその折柄、思ひがけない由良助様のお頼み、向ふ見ずにも只一筋、御恩報じの一心にお力をつけるばかり、身の程知らぬこの義平が志もお取りなし」と、あつき詞に人々も、思はず涙催して奥歯かみ割るばかりなり。稍あつて由良助、それと矢間に目くばせに、はつと心得重太郎、何か様子は白地の扇、白台がはりに一包、のせてさし置く義平の前、「イヤナニ御亭主、今晩鎌倉へ出立仕ればいつまた逢ふ事もなき我等、重々の御厚意に、礼は詞に述べ難し、せめて寸志はこの一品、些少ながら御受納下さらば、この上の悦びなし」と、いといんぎんに辞儀すれば義平は色を変へ、「アヽイヤ申し御家老様、イヤサ大星由良助様礼物受ける心にて、この命がけのお世話申さぬ、町人と見侮り、小判の耳で面はるのか、たゞし性根を見違へたか、エヽ穢らはしいこの進物、お返し申す」と、投げ出せば包解けて内よりばらり、あらはれ出しは櫛笄、切り髪包みし紙の端「どうやら覚えある手蹟は ヤヽコリャこれ女房にあたへし去り状、どうしたこと」と、不審にて固唾をのんでいたりける。「ホヽ不審はさこそ義平殿、我等の宿願叶へさせんとの秘密を守るその為に、御内所までも離縁の誠心、ホヽ天晴れ見上げし義心の程、まつた御内所おその殿、夫に立つる操は一つ再び二夫に仕へずとおしげも涙切り髪に浮世を捨てし健気の心、かほのどの義心貞心を見極めし上は、何をか云はん、今は離別に及ぶまじと、ソレおその殿こなたへ」と思ひがけなき大星の、声に隠れし妻のおその、勝手を走り転び出づれば「あれ母さんぢゃ」と、由松がうれしいわいのと取り縋る、母も引き寄せ頬ずりし咽びながらも口説言、「ほんに思へば女ほど因果なものがあろかいな、夫の受けし殿様の御恩は女房も同じ事、これが男であるならば共に御恩に報へるもの、妹背かはした夫婦でも女と生れし悲しさは、露ひと言の打明けさへ泣くに泣かれぬ浅間しや」と夫の膝に打伏せば義平もハッと胸せまり、声を忍びの泣く涙、ややあって由良助「イヤナニ義平殿、今宵出立のその上は本望遂ぐるも百日とは過ごすまじ、その髪の延びる間もおよそ百日、敵討の報らせあらば再び生くる夫婦の道、その時に櫛笄、それその切り髪を添に入れ、目出度く迎へる笄髷の三国一の祝言には、無用の去り状、破るが仲だち由良助」と引裂く三行半分は身が預ると懐にふた味もある大星が詞ぞ情なみだなる、「はや出立」と由良助「かねて敵討と存ずれば敵中へ入込む時、貴殿の家名の天河屋を直ぐに敵討の合詞、天とかけなば河と答へ、四十余人の者共が天よ河よと申しなば貴公も敵討にお出でも同然、はやお暇」と出立づる。末世に天を山といふ由良助が孫呉の術、忠臣蔵ともいひはやす、娑婆の詞の定めなき、別れ/\て



花水橋引揚の段

出でて行く
柔能く剛を制し弱よく強を制するとは、張良に石公が伝へし秘法なり。塩治判官高定の家臣大星由良之助これを守って、一味の義士一子力弥、原郷右衛門、千崎、矢間、小寺、中村、不破、竹森、大鷲源吾、片山そのほか四十余騎、着たる羽織の合印。いろはにほへどゑひもせず、艱難辛苦の一年も、首尾よく本望成就に今ぞ晴れゆく富士の嶺、朝日に高く照り映えて解くるは胸の仇の雲。由良助声あって、「いかにかたがた。味方に幸ひ討死もなけれど手疵の者もあるべけれ。ともども労り助け合ひ、菩提所まで引揚ぐべし。今一息ぞ気をゆるされな」と労りはげまして行く折柄。駒をはやめて一騎がけ、走り来たって「ヤア待たれよ、我は桃井若狭助、委細たゞ今聞くよりも御祝詞申しに駆けつけ申した。あっぱれ各々の忠臣義心、首尾よく本望達せられ、その喜びや如何ばかり。泉下に在す判官殿もさぞ御満悦の事やらん。大星殿おめでたう存ずる」といふも眼に浮く露涙。こころ誠をあらわせり。由良助一礼し「ハヽア、こはありがたき桃井様。今は何をか申すべき。たゞ寂々の二字とのみ」「ウムさこそあるべし、この上は早まらず上の裁きを心静かに菩提所にて待ち給へ。時移れば師直の家臣追討かけんもはかり難し。程よき時刻の移るまでそれがしこゝに道塞ぎ、よし師直方来るとも一歩もこゝは通すまじ。はやとく行かれよ方々」と忠に報ゆる義の声に、大星始め一味の義士「これはありがたし忝し。御好意うける今の身のやがて御礼は冥途より。さらば」「さらば」と一礼し、思ひ交々、一筋の道をわかれて右左。見送る若狭、見返る義士、宿世の縁や忠臣の鑑ぞ代々に曇りなき、今に残る仮名手本、名は千載にいちじるき。



光明寺焼香の段

柔よく剛を制し弱よく強を制するとは、張良に石公が伝へし秘法なり。塩谷判官高定の家臣、大星由良助これを守って一味の勇士四十余騎。着たる羽織の合印いろはにほはへとと立並ぶ。「イカニ方々この首一つ見んために、妻を捨て子に別れ、千辛万苦の甲斐あって、亡君にもさぞ御満足。今日はいかなる吉日ぞや。年来の望みを達せし」と一同にわっと嬉し泣き理(ことはり)至って道理なり。由良助懐中より九寸五分取出し、師直が首諸共御墓に供ヘ奉り、「恐れがら亡君尊霊へ申し上げ奉る。さんぬる御切腹の折柄より御無念を晴し奉らんと、昼夜忘るる隙もなく、わざと遊興に日を送り、諸士の剛健を試し見る不忠の族はみな逃げ失せ、わづかに残る四十余人。心を一致に今日只今御片見にと下されしこの短刀にて師直が首かき切り御位牌へ手向け奉る。草葉の蔭にて御受取り下さるべし。アヽイザ/\お一人づゝ御焼香」「アイヤ先づ惣大将の御自分様より」「イヤ/\拙者より先へ矢間十太郎殿イザ御焼香なされ」「それは又存じも寄らずいづれもの手前御贔負は却って迷惑」「ナニサ贔屓にあらず。四十余人の衆が師直が首取らんと、一身を拠つ中に貴殿一人。柴部屋より見出し、生捕りになされたはよく/\主君尊霊のお心に叶ひし矢間殿。御羨しう存ずる。なんといづれもさやうにてはござるまいか」「いかにも御尤もに存じます」「それはなんとも」「ハテさては時刻が延びるイザとく/\」「ハア然らば御免」と立上り一の焼香はぜひなく/\。「二番目は由良助殿イザ御立ち」と勧むれば、「アイヤまだ外に焼香の致す人あり」「そりゃ何者誰人」と、問へば大星懐中より碁盤縞の財布取出し、「これが忠臣二番目の焼香、早野勘平が成れの果。ハア不便な最期を遂げさせしと、片時忘れず肌離さずイヤナニ力弥、この財布平右衛門に渡せよ」といふにはっと子息力弥、平右衛門の手に渡せば、「これは扨て勿体ない。御家老様より平に/\」「コレ平右衛門、妹聟のその方にと、父上の御気遣ひなるぞ」「平右衛門、思召しをむげにせまい。イザ仕れ」と諸士の声々、「ハッ」とばかりに平右衛門押し戴き/\、「お情こもるそのお詞。草葉の蔭よりさぞ有難う悦ぶことと存じます。冥加に余る仕合せ」と財布を香炉の上に着せ、「二番焼香早野勘平重氏」と、高らかに呼ばはれば、列座の諸士も賞美の詞、末世末代伝ふる義臣、これも偏に君が代の、久しき例竹の葉の栄えを、こゝに書き残す。